2024年12月23日( 月 )

終結が見えないウクライナ戦争、ロシアの本音を読み解く(中)

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慶應義塾大学法学部教授
細谷 雄一 氏

 いまだ終結の兆しが見られないウクライナ戦争。ロシアがウクライナに侵攻した意図やウクライナ戦争が世界情勢に与える影響、どうなれば戦争が終結するかについて、欧州、ロシア情勢を見つめ続けてきた世界政治史学者、慶應義塾大学法学部教授・細谷雄一氏に聞いた。

ロシアがNATOに抱く脅威

ロシア国旗 イメージ    ロシアとNATOは、90年代前半は、さまざまなかたちで協力関係にあった。ソ連崩壊後にロシア経済が大混乱に陥った際には、ロシアはNATO諸国との協力関係を通じて自国の経済成長を実現し、欧州秩序の安定化を目指していた。冷戦終結後は楽観的な空気が広がり、NATOとロシアが敵対関係となることは考えられなかった。97年には、ハンガリーとポーランド、チェコのNATO加盟が実現、それに対してロシアが不安を抱かないようにNATOはロシアと基本文書を締結して両者の安定的な協力体制を構築し、ロシアがNATOの意思決定にも一定程度加わることができるようになった。

 ロシアとNATOの関係が大きく変化したのは、99年のNATOによるユーゴスラビア空爆である。このとき、ロシアや中国は、国連安保理を通じてNATO軍の空爆を止められなかった。国連安保理決議を経ないNATOによる軍事攻撃にロシアは懸念を抱くようになった。

 2001年に米国で同時多発テロが起こったときは、ロシアと中国は米国に対して協力姿勢を示し、ロシアとNATOの関係は改善するかのように見えた。だが、米国は03年に「対テロ戦争」というレトリックを用いてイラクを空爆。アメリカの軍事行動への批判と疑念が高まっていく。他方で、そのようなアメリカの論理を借りて、ロシアは「対テロ戦争」という名目で、チェチェンでの軍事作戦を展開。国際社会は、そうしたロシアによるチェチェンへの非人道的な軍事力行使に対し、「対テロ戦争」でロシアの協力を仰ぐ必要があったため、厳しく批判するようなことはなかった。

 ロシアとNATOとの関係が決定的に悪化したのは、08年にルーマニアの首都ブカレストで開催されたNATO首脳会合において、ジョージ・ブッシュ米大統領がジョージアやウクライナのNATO加盟を提案したときだった。ロシアがそのような動きに強い抵抗と反発を示したこともあり、ブッシュ大統領は後にそのような提案を取り下げた。しかし、それ以降、ロシアは、「米国がジョージアとウクライナをNATOに加盟させようとしている」と考えるようになった。

 ウクライナがNATOに加盟するとウクライナ領(当時)のクリミア半島にあるロシア最大のセヴァストポリ海軍基地が使えなくなる。NATOは、ロシアが14年にクリミア半島を併合して以降、ロシアに対する警戒を強めていった。

ウクライナ侵攻によるロシアの意図とは

慶應義塾大学法学部教授 細谷 雄一氏
慶應義塾大学法学部教授
細谷 雄一氏

    「プーチン大統領は政権の目的として、ウクライナやジョージア、バルト3国、ベラルーシなどをロシアの勢力圏に組み入れ、旧ソ連邦の国境線を復活させることを目指しています。しかし、領土の拡大が進まないことに憤りを感じており、軍事的な威嚇や軍事力の投資により、ウクライナ東部をロシアに併合しようとしています」(細谷氏)。ロシアは旧ソ連邦の国境線を復活させるために「ユーラシア経済連合」をつくり、旧ソ連圏の国々との経済的な結びつきを強めようとしてきた。しかし、天然ガスを安価に提供するという経済的な結びつきのみでは十分なインセンティブにはならず、旧ソ連の多くの国々はロシアに協力していない。

 プーチン大統領は、中小国は大国の庇護のもとにないといけないと考えているため、ロシアと米国という大国間のパワーゲームでウクライナの未来が決まると見ている。ロシアの衛星国であるジョージアやウクライナ、ベラルーシがロシアから離れて米国に近づくのはロシアに問題があるからではなく、米国CIAが水面下でコントロールしている、と信じている。

 プーチン大統領は、北方領土について、日米同盟の効力がおよばないことが交渉の条件としているが、ロシアの独自の国家観を知らなければその真意は見えてこない。「プーチン大統領は、日本は自己決定権のある国家ではなく、米国の『植民地』であると見ているため、日本が米国にコントロールされなくなったら交渉していいという意味です」(細谷氏)。

(つづく)

【石井 ゆかり】


<プロフィール>
細谷 雄一
(ほそや・ゆういち)
慶應義塾大学法学部教授。専門は国際政治史・イギリス外交史。1971年千葉県生まれ。英国バーミンガム大学大学院国際関係学修士号取得。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。アジア・パシフィック・イニシアティブ研究主幹。現在、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員。
主な著書に『戦後国際秩序とイギリス外交―戦後ヨーロッパの形成 1945年~1951年』(創文社)、『倫理的な戦争―トニー・ブレアの栄光と挫折』(慶應義塾大学出版会)、『国際秩序―18世紀ヨーロッパから21世紀アジアへ』(中公新書)。近著に『世界史としての「大東亜戦争」』(編著、PHP新書)。

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