2024年12月23日( 月 )

「一つの中国」、米日との対立が先鋭化~ペロシ訪台をめぐって(前)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

共同通信客員論説委員 岡田 充 氏

 日本ビジネスインテリジェンス協会より、共同通信で台北支局長、編集委員、論説委員などを歴任し、現在は客員論説委員を務める岡田充氏による先日のペロシ米下院議長の台湾訪問に関する論考「『一つの中国』、米日との対立が先鋭化 ペロシ訪台と『第4次海峡危機』」(21世紀中国総研HP掲載)を提供していただいたので共有する。
 岡田氏は、ペロシ訪台について、「中国を挑発、激烈な対応を引き出し、威信を失墜させる」という、米政権の対中挑発パターンが、今回も同様に繰り返されたと論じる。

 中国はナンシー・ペロシ米下院議長の台湾訪問(8月2~3日)の報復措置として、8月4日から7日まで台湾を包囲する6カ所の演習区域で、ミサイル発射を含む「重要軍事演習行動」を行った。演習には中国空母や原子力潜水艦を動員、その規模と能力からみると、「第3次台湾海峡危機」をはるかに上回る「第4次危機」といえる。危機の契機はペロシが個人的レガシー(歴史的評価)を満足させるための訪台だ。しかし、本質的には「一つの中国」の空洞化を目指す米日と中国との綱引きであり、対立はより激化する。演習内容を振り返りながら、中国が発表した「台湾白書」の意味、米中、日中関係を展望する。

1.威嚇狙い本島包囲・封鎖

 まず演習概要を紹介し特徴と狙いを明らかにする。中国国防省の吴謙報道官は2日、ペロシ訪台を、「故意で悪意ある挑発」と批判。米国が「一つの中国」原則と「3つの共同コミュニケ」の規定に重大な違反し、「中米関係の政治的基盤に深刻な打撃を与え、両国の軍事関係を深刻に損ねた」と非難。「国家主権と領土の一体性を擁護し、外部勢力の干渉と『台湾独立』の分裂を断固として阻止するため」軍事演習を開始する、と発表した。

 演習目的について、台湾を対象範囲にする「東部戦区」報道官は「米国が台湾問題をエスカレートさせたことへの威嚇であり、台湾独立勢力への厳重な警告」と、米台双方への「威嚇」を強調した。これまでにない大規模演習だけに、「威嚇」という狙いを明確にすることで、「不測の事態」の発生を防ごうとする意図が読み取れる。

 中国軍は8月4日から7日まで、台湾を包囲する6カ所の空海演習区域を設定し、実弾射撃をともなう「重要軍事演習行動」を実施すると発表した。演習区域のうち4カ所は、台湾が主張する領海・領空と重なっており、中国が台湾への主権をもつことを内外に示す意図を明確にした。特徴の第1は、「台湾本島を包囲・封鎖する初の大規模演習」にある。

2.中間線越境の常態化

 中国軍は1995〜96年、李登輝総統(当時)の訪米(95年)と、96年3月の総統初直接選挙への対抗措置として、台湾の南北端に2発のミサイルを発射する演習を行った。これに対し米国は「インディペンデンス」など2隻の空母打撃群を台湾海峡に急派し中国の演習をけん制し、「第3次海峡危機」へと発展するのである。

 第3次危機では、中国軍は3カ所に演習区域を設定したが、いずれも中国大陸側に位置し、米国と台湾側が「防衛ライン」とみなす「海峡中間線」を越えないかたちで設けられた。これに対し今回は、福建省平潭島沖の演習区域は、中間線をまたぐかたちで設定された。

 中国は従来から「中間線」の存在を認めてはいないものの、軍用機の「越境」は極めてまれだった。衝突の危険を回避するため、事実上中間線を「尊重」する対応をしてきた。

 台湾国防部は7日、今回の演習開始から7日午後5時までに、台湾海峡周辺で中国軍の航空機66機、艦船14隻が確認されたと発表。このうち12軍機が「中間線」を越えたと発表した。さらに同国防部によると、3~7日に中間線を越えた中国軍機の数はのべ100機に上った。中国軍の中間線越境は2019年に8年ぶりに確認され、20年には2日連続したこともあった。

 中国側は今回の演習を機に、今後は中間線突破を常態化するだろう。中国共産党機関紙・人民日報系の「環球時報」社説は、軍事演習が一過性ではなく波状的に行われると伝えた。特徴の第2は「中間線越境の常態化」である。

3.ミサイルが台湾本島初横断

 中国軍は1日目の4日15時前から16時過ぎの約1時間にかけて、福建省と浙江省沿岸および中国内陸部から、北部、東部、南部の演習海域に向け短距離弾道ミサイル計11発を発射した(台湾国防部発表)。英軍事週刊誌「ディフェンス・ウイークリー」は、発射されたのは短距離弾道ミサイルの「DF15B」(東風15B)と「DF16」(東風16)が含まれていると報じた。

 一方、日本防衛省は4日、9発の発射を確認と発表。岸信夫防衛相はうち「5発が日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下したもようだ」とし「日本の安全保障と国民の安全に関わる重大な問題で強く非難する」と述べた。

 中国弾道ミサイルが、日本のEEZ内に落下したのは初めてとみられ、外務省の森健良次官は同日夜、中国の孔鉉佑駐日大使に対し電話で抗議、軍事訓練を即刻中止するよう求めた。EEZ落下をめぐる論点は後で詳述したい。

 中国国防大学の孟祥青教授は、弾道ミサイルが初めて台湾を横断し太平洋に落下した意味について、「米国のパトリオット迎撃ミサイルが集中する空域で、標的を正確に攻撃した」とし、「我々の武器や機器の性能の大幅な改善を反映している」とコメントした。

 中国軍の能力と兵器の精度は、「第3次危機」後の約30年に飛躍的に向上した。ミサイルが台北上空を横断したにもかかわらず、台湾では警報が発令されなかったことが議論を呼んだ。これについて台湾国防省は「ミサイルは大気圏外を飛行し、大気圏外には領空は存在しない。軌道から判断して、(台湾への)被害は想定されなかった」と答えた。第3の特徴は「ミサイルの台湾本島横断」

演習布陣の意味

 6カ所の演習区域を設定した意味については、「実戦性、戦略性、影響力の3点で前例がない」と指摘する張軍社・中国海軍研究員の解説に耳を傾けよう。

 演習区域の軍事的意味について彼は①北部西寄りの演習区域は平潭島にあり、解放軍がここに布陣すれば台湾海峡の北口を封鎖できる②台湾北部の2つ演習区域は基隆港を直接封鎖できる③東部の演習区域は、花蓮と台東軍事基地を直接狙え、正面攻撃態勢をとれる④墾丁半島南東の演習区域はバシー海峡の出入り口を効果的に押さえられる⑤南西演習区域は高雄と左営に近接している――と解説した。

 「演習区域全体が台湾島を包囲し『閉門打狗(相手を勢力範囲内に封じ込める)』態勢をとっている」と、演習が台湾本島封鎖を狙ったことを強調した。

準備された演習シナリオ

 またペロシ訪台直後に演習が発表されたことからみて、台湾本島を包囲・封鎖する今回の演習シナリオは、米台の挑発がレッドラインを踏んだ場合のシナリオの1つとして、かなり以前から準備されていたことがうかがえる。共同通信は8月11日、中央軍事委員会主席の習近平が、日本のEEZに弾道ミサイルを落下させる決断を自ら下した、と伝えた。

 台湾海軍の艦長を務めた張競・中華戰略学会研究員は、第3次危機での米国対応と比較し、96年には米軍艦がミサイル落下区域の近くで監視活動に当たったが、今回は空母「ロナルド・レーガン」がかなり遠隔地で監視に当たった、と指摘。米軍も中国軍との摩擦を避けるため、控えめな対応をしたと指摘する。

 一方、台湾紙「中国時報」(電子版)は7日、米軍横須賀基地を母港にする米弾道ミサイル追跡艦「ハワード・O・ローレンツェン」(1万2,5750t)が3日に出港、7日まで沖縄周辺で中国のミサイル監視に当たったと報じた。

 この情報源は、北京大学海洋研究院南海戦略態勢感知計画(SCSPI)のツイッターへの投稿。中国側が常に、在日米軍基地を含め米軍の海洋活動を監視・追跡に当たっていることが分かる。

(つづく)

(中)

関連記事