謙虚と友愛と誇り高さと──池田友行氏の最新写真集に寄せて(前)
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ライター 黒川 晶
“声“の聞こえる写真集
音の聞こえる写真集というものに初めて出会った。脊振山系の春夏秋冬の装いを花ごよみ風に紹介する、池田友行氏の写真集第3作『すばらしき脊振の四季』(櫂歌書房、2022年7月)である。
花弁を解き開きゆくコガネネコノメソウの黄色の蕾。たくさんの花をぶら下げて、誇らしげにたわむナルコユリの枝。露滴るオオキツネノカミソリのなかでは、アブが羽を震わせ朝からご馳走に舌鼓。稜線をわたる風に揺れる鮮やかな緑のカーテン。立ち上る水霧にけむる渓流。雪を押し分けまっすぐ伸びるバイケイソウの新芽……。
写真というものが、シャッターが切り取る現実界のほんの一部、ほんの一瞬の静止画のことであるなら、シャッターを押す池田氏の心は、被写体とそれを取り巻くすべてのものに流れる時間ごと、その感動の一瞬を収めることのできる心だ。
「どんな生きものにも各々自分の“物語“がありますからね。 “物語“のなかの一コマに立ち合わせていただいているという気持ちで、被写体1つ1つにレンズを向けています。物語や詩を書き記すように、私は写真を撮っているのです」(池田氏)
氏によれば、自分が撮りたいものを探して見つけて撮るというよりは、むしろ木々や草花の方から「私を撮って」と語りかけてくるのだという。それも、「きれいに撮ってよ」と。そうした呼びかけを受けて、氏はかれらに近づき、同じ目線でカメラを構える。
同時に、「あなたの紫色がくっきり出るよう露出を合わせよう」「あなたは渓流を背景にするのがいちばん似合うはず」「逆光だけど、どうやったらあなたを美しく撮れるだろう」などと相手に話しかけながら、その美が最も映えるための撮影技術のレパートリーにあれこれ思いをめぐらす。そうするうちに、おしゃれ自慢の虫たちもやってくる。陽気で華やかな雰囲気のうちに、シャッターチャンスが訪れる──。
『すばらしき脊振の四季』に収められた写真は、一枚一枚がこのように、種族の垣根を越えて交わされる心地よい会話の記録である。それはまた、各々の種の掟に従い、たくましく誇り高く生を紡いでいる生きものたちへ捧げられた敬意であり、何より同じ光景には二度と出会うことのない、一期一会の作品である。
脊振の小さな生き物たちの「生かし・生かされ」の営みの環が、九州北部に生きる我々に、豊かな水資源や農作物、憩いの場といった命の糧を与えてくれている。我々はこの自然と共生していかなければいけない──ページをめくるごとに、そんな作者の声が聞こえてくるのは、決して気のせいではあるまい。
脊振に生かされ、脊振を生かす
実際、池田氏の「セカンドライフ」は「脊振への恩返し」に捧げられてきた。西南学院大学に進学してワンダーフォーゲル部で活動した氏にとって、部活の活動拠点となった脊振は、レンガや砂袋を担いで歩いた強化合宿などの苦しくもたくさんの思い出と、今なお続く大切な友人たちを与えてくれた。その後、池田氏は大手音響・映像機器メーカーに就職し、仕事に邁進する日々を送っていたが、51歳の時脊振への郷愁にふと駆られる。そして、恩人・脊振が自宅から見える場所にあることに気がついたのである。
学生時代に大学創立50周年記念行事として約40kmの脊振山〜十坊山ルートに設置した道標60本は、30年の時を経てすっかり朽ち果て、跡形もなくなっていた。池田氏はカメラ片手に脊振を歩いた。花の名前も分からないまま、美しい花や自然を撮り続けた。名前も知らない木や花を、図書館で調べる日々。撮影時の失敗も、もちろん数多くある。だが、そのなかで、脊振の自然の美しさに感動し、ますます惹きつけられていったという池田氏。気がつけば、撮影済みのフィルムが膨大な数になっていた。
「そうだ、写真集にまとめよう」。ラジオの深夜放送を聴きながらの写真選び。出版費用の捻出と、出版社の選定。奥さんが、彼女の仕事場に出入りしていた出版社を紹介してくれた。出版社の経営者に会ってみると、なんと大学の同期である。「何や、あなたか」。当時の西南学院大学は学生数が少なく、名前は知らなくてもすれ違う同期の顔は覚えていたのだ。こうして出版の話は進み、2008年には初の写真集となる『脊振讃歌』を櫂歌書房から上梓したのだった。
(つづく)
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