ヤマエ久野 その戦略無き生存という手法から見えるもの(前)
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卸はどこに行くのか
食品卸の業界環境は極めて厳しい。それを端的に示すのが1%前後の経常利益率だ。粗利率が低く、経費率が高い収益構造が主因だが、長く続くこの構造を、従来のやり方で改善するのは容易ではない。利益が無ければ思い切った新規投資はできないから、新たな競争力も生まれない。しかも、川下の小売から要求される条件は厳しさの一途をたどる。そんな流れのなか、卸はその数を減らし続けている。しかも、今のところ、卸に決定的な環境変化を促そうという気配はない。従来型の発想での変化はM&Aの類に限られており、それでは卸の体質は変わらない。
2011年、三菱商事や伊藤忠商事による業界再編もなされたが、10年経った今でもその収益体質に大きな変化はない。我が国の大手卸は伊藤忠系の日本アクセス、三菱食品、丸紅と業務提携する国分。それに続く加藤産業、三井食品、伊藤忠食品、ヤマエ久野という構図だ。
食品関連企業として、戦後まもなく南九州で産声を挙げたヤマエ久野は、今や47社の関連子会社をもつ。創業からさまざまな業種を手がける企業と合併などを繰り返し、そのグループ売り上げ規模は、西日本鉄道や福岡銀行を上回る。古い表現を借りれば、「九州の雄」だ。
そんなヤマエ久野が、8月ピザハットを買収した。地味な卸が新興小売を傘下にしたというので株価が動き、マスコミ各社が注目した。しかし、彼らにその戦略を問われた同社のトップの答えは、「そんなたいそうなものはない」だった。
ヤマエ久野の主業は卸売だ。長い歴史を持つ業種だが、業界の先行きは明るくはない。1つは「売り手が作り手」というSPA方式の浸透だ。ニトリやユニクロといった非食品はいうにおよばず、生鮮食品も、卸を介さず消費者に届けるやり方がジワリと進行する。
ヤマエ久野が主力にする食品分野には、オンラインという異質の競争者も迫っている。その特長は卸と同じように倉庫をもち、それを介して消費者に届けるというやり方だ。オンラインの倉庫はメーカーとも結び付き、コストと情報の効果をうまく利用して、より広い分野へと手を拡げる。
オンライン、直売所に加えて、メーカーもD2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマ)へのシフトを始めた。キューピーがヤマトと組んで65の自社商品を、プリマハムも楽天やヤフーなどの通販サイトからの自社ECサイトを計画している。新たな流通戦国時代の始まりだ。これらが主流になると、生産手段も小売機能ももたない卸の立場は、時の経過とともに脆弱になる。そんな中、卸に突き付けられているのは新世界の構築だ。しかし、その実現は容易ではない。
何をやるか、どうやるか
有力企業にはさまざまな情報とM&A物件が持ち込まれる。案件を仲介するのは主に金融機関だ。受ける側は対象企業の将来性と発展性を考慮して、それらを取捨選択しなければならない。戦略として考えるのか、物件ごとの収益を優先して考えるかは、頭の痛いところだ。
取り敢えず問題になるのが、既存取引先への配慮だ。得意先企業と競合する業種なら、たいていの場合、既存の取引にマイナスの影響を与える。だから、簡単に進出は決められない。かといって、まったくの異業種に進出するのは勇気がいる。やるかやらないかは金融機関の協力と取引先の意向を絡めたものになり、おのずから買い得感のある企業に落ち着く。
しかし、今回のヤマエ久野によるピザハットの場合は、過去に実行してきたそれとはいささか趣が違う。飲食とはいえ、直接消費者と接する業者だ。加えて、ブームや季節の影響を受ける飲食業の経営は容易ではない。
今回の買収は既存取引先と直接関係はないものの、小売という分野への進出だ。既存取引先の反応はおそらくゼロではない。ヤマエ久野としても、いささかの懸念のなかでの買収だったはずだ。しかし、新分野への進出は、発表直後の株価上昇という副産物を生んだ。市場はとりあえず新たな挑戦を評価したのである。市場は消費者とつながる。株価の変化はヤマエ久野に新たな気づきをもたらしたはずだ。
それはともかく、1兆円の売上で100億円程度の利益という業界収益構造の改善は喫緊の課題だ。一番手っ取り早いのは大手同士の統合である。だが、上位卸はほぼ財閥系だから、ヤマエ主導の統合はむずかしい。また、もしそれができたとしても、収益構造が好転するかどうかは不透明だ。
(つづく)
【神戸 彲】
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