鉄道事業の未来(3)
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運輸評論家 堀内 重人
2021年10月に発足した岸田内閣は、「新しい資本主義」を掲げた。その重要な柱の1つが、国が主導する「デジタル田園都市国家構想」である。同構想では、デジタル技術を活用して地方を活性化させることで、誰もが何処に住んでいても、豊かな暮らしを営むことができる社会の実現を目指している。
具体的には、光ファイバのユニバーサルサービス化、高速通信手段である5Gなどの早期展開、データセンターの首都圏以外への地方分散、日本周回の海底ケーブル「デジタル田園都市スーパーハイウェイ」の整備などの施策を推進するという。
このような構想が打ち出されると、今後の鉄道事業の在り方も大きく変化する。その変化は大きく3つに分かることができる。1つが「デジタル化」、次が「観光立国」、そして「ドローンの活用」である。
観光立国
現在はコロナ禍で下火になってしまっているが、状況が落ち着いてくれば「観光立国構想」が再び表に出てくる。多くのインバウンド客が日本へ来ることから、大都市圏の鉄道事業者は混雑緩和策を講じなければならない。また成田空港・羽田空港から入国し、新幹線で京都・奈良を訪問するインバウンド需要も高まることが予想される。東海道新幹線の慢性的な混雑を緩和させるため、リニア中央新幹線の建設が進んでいる。
我が国が「観光立国」を目指すようになった動機は、景気の低迷や少子高齢化、産業の空洞化などのため、国内消費の拡大が難しくなっているためだ。従来の自動車や家電を基幹とした輸出中心の加工貿易だけでは、国が成り立たなくなりつつある。
そこで観光に注力し、インバウンド客を呼び込んで消費を促すことが考えられた。2000年ごろは、年間で日本人は延べ2,000万人近くが渡航していたにも関わらず、訪日外国人の数は500~600万人程度しかなく、非常に大きな差があった。
2006年、観光を21世紀の日本の政策の柱とする「観光立国推進基本法」が成立した。観光立国推進基本法は、翌2007年に施行され、2008年に観光庁が発足するなど、政府もインバウンド客誘致に本腰を入れ始めた。
観光業は労働集約型産業なので、インバウンドが活性化すれば多くの雇用が生み出される。観光業にはホスピタリティーが要求されることもあり、とくに女性活躍の促進が期待される。結婚や出産などで離職していた女性が観光業で働き、納税者となれば国の財政が潤うこと、日本が観光立国を目指す一つの理由であろう。
世界一の観光立国であるフランスは、地中海や大西洋、アルプス山脈にピレネー山脈といった雄大な自然に加え、有名な美術館や歴史ある古城など、多彩な観光資源をもっている。これらに惹きつけられ、毎年世界中の人がフランスを訪れることで、訪問者が消費を行い、それがフランスの経済を支えている。
観光庁は、観光業を「日本が力強い経済を取り戻すための重要な成長分野」と位置づけている。日本には、温泉・和食・忍者・侍・ポップカルチャー・寺社・豊かな自然など、海外の人に好まれるコンテンツが豊富にあるにも関わらず、これまでインバウンド客の受け入れ態勢やアピール力が不十分だった。今、そういった部分を見直して、アジア圏だけでなく、世界中から観光客を呼ぶ取り組みがされている。
とくに九州は、韓国や中国、台湾などに近いこともあり、コロナ禍になる前は、湯布院などは多くの中国人観光客で賑わっていた。
JR九州が博多~湯布院経由で別府まで運転する特急「ゆふいんの森」(写真2)は、中国人観光客で賑わっていた。湯布院は、温泉や豊かな自然があり、中国人に受け入れられていた。博多などの街角にある標識類の表記も、日本語・英語だけでなく、中国語やハングルで表記されるなど、徐々にではあるが受け入れ態勢が強化されつつある。
観光立国を目指す取り組みは、2007年から始まり、日本の文化を世界に宣伝するための国際的なプロモーション活動や、国際的な会議やイベントの誘致、インバウンド客の受け入れ整備などが継続された。観光立国推進法が施行される以前の2006年は、年間733万だったインバウンド客が、2019年には約4倍の3,188万人まで増加したが、コロナ前の2020年では、まだ観光立国とはいえる状況ではなかった。
その理由は、大量に流入する観光客に対して、受け入れ側の対応が追い付いていなかったことにある。観光客は、特定の都市に集中する傾向にあり、日本有数の観光地である京都は、深刻なバスの輸送力不足に陥っていた。
東京や大阪などの大都市でも交通渋滞だけでなく、日常生活で利用する電車が、インバウンドの観光客も加わり、さらに混雑が酷くなり、通勤や通学をする人の妨げになった。
「観光立国構想」が鉄道に与える影響は、大都市圏の電車の混雑が酷くなるというマイナス面ばかりではない。
人口が少ない過疎地であっても、魅力のある列車や車窓であれば、何度でもリピーターが付く。少子高齢化の進展やテレワークの普及により、通勤・通学需要は減少するが、交流人口を増やすことで、観光需要の創出と同時に、高付加価値化へ向かわざるを得なくなる。
リニア中央新幹線は、東京で入国したインバウンド客を京都や奈良へ輸送するうえで不可欠であるが、実用本位な面は否めない。
そうなると乗車すること自体が目的になる観光列車などに、力を入れていく必要がある。
JR九州では各種D&Sトレインが運行されており、ローカル線のブランド化に貢献している。JR東日本では、より高付加価値の高い、全車グリーン車の特急「サフィール踊り子」を運行して、少子化・人口減などに対し客単価を上げることで対応している。
最近では、地域を巻き込んだグルメ列車も、各地で運行されるようになった。JR四国の「伊予灘ものがたり」や、えちごトキめき鉄道の「雪月花」、西武鉄道の「52席の至福」、西日本鉄道が運行する「The Rail Kitchen Chikugo」(写真3)など、各地でさまざまなグルメ列車が運行され、地元産の食材などを活用した料理を車内で乗客に提供するなど、「地産地消」が実現している。
「地産地消」を追求した究極の列車が、クルーズトレインである。我が国には「ななつ星in九州」(写真4)、「トランスイート四季島」「トワイライトエクスプレス瑞風」の3本がある。
これらの列車は、JR九州などで運転するD&Sトレインや各社が運転するグルメ列車の応用発展型であり、地域と一体で充実したサービスを提供している。
今後の日本では、地域と一体となって鉄道、とりわけローカル線の活性化を模索することになる。過疎化、少子高齢化、人口減少に関しては、インバウンドを始めとした交流人口の増加で対応すると同時に、客単価の向上が行われるようになると予想する。今後は、鉄道業界でもデジタル化は加速するが、本来人間はアナログの動物であり、ホスピタリティーを求めていることもあり、観光列車などの運行が増えると思われる。
それ以外の要因として、コロナ禍ではいわゆる「三密」が問題視されるようになった。これを回避できる輸送手段として、個室の寝台夜行列車が挙げられる。
航空機の普及、新幹線の開業や延伸、夜行高速バスの発達、格安ホテルの誕生などにより、かつて華やかだった寝台特急は姿を消した。現在運行されている定期の寝台夜行列車は「サンライズ瀬戸・出雲」だけだが、他の交通手段と比べて長距離を安全に、そして安定した輸送能力を有している。
筆者はクルーズトレインは育成しなければならない分野だと考えているが、料金面などで敷居が高すぎることも事実である。
そこで「北斗星」「トワイライトエクスプレス」「カシオペア」レベルの個室寝台車が、インバウンドの観光客を誘致するうえでも重要だと考える。
米国やオーストラリアでは、長距離の寝台夜行列車は「観光資源」と考えられている。とくにオーストラリアでは、その列車単体でみれば赤字だったとしても、その列車があることがオーストラリアへ外国人観光客の誘致要因となっている。外国人観光客は、欠損補助を出す額よりもはるかに多くの消費をオーストラリア国内で行っている。
日本の寝台夜行列車は、新幹線の延伸も理由として廃止されたが、現行のクルーズトレインよりは利益率が良く、黒字だった。また、北海道は外国人観光客を誘致するには適した土地であり、東京・大阪からも日本離れした車窓を楽しもうという寝台夜行列車の需要が高かった。
北海道新幹線と寝台夜行列車は利用目的や利用者層が大きく異なるため、共存が可能である。「観光立国」を目指すのであれば、何が何でも新幹線に乗せようとするのではなく、さまざまな工夫をして在来線をインバウンドの観光客に利用してもらう、国家としてのビジョンも必要だと感じる。
そのために、寝台夜行列車が見直され、復活する必要性がある。
(つづく)
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