2024年11月25日( 月 )

ヨーロッパから見た日本の政治事情(5)

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福岡大学名誉教授 大嶋 仁 氏

スペイン北西部 ガリシア地方 イメージ    スペインの北西部ガリシア地方は、アイルランドなどと同じくケルト民族の土地である。現在は準自治州として在来の文化の復興に努め、公用語はガリシア語になっているが、このガリシア語、スペイン語よりはポルトガル語に近い。この地方がポルトガルに接しているからだ。

 国境の町トゥイからは、ミーニョ川をはさんでポルトガルのヴァレンサの町が見える。橋をわたってヴァレンサに入ると、スペインとは何かがちがうと感じる。人々が静かで、どことなく下を向いている。街並みは瀟洒で、優美さが溢れる。失ってはいけない何かがここにはあると感じる。

 クリスマスが近いせいで、どの店もイエス誕生とそれを祝う3人の博士の場面を人形で再現している。ここではカトリックの伝統がまだ生きているのだ。面白いのは、たった200mの橋を渡っただけなのに、時差が1時間もあることだ。ポルトガルはヨーロッパ大陸で唯一、イギリスと同じ標準時を用いているのだ。

 そもそも、ポルトガルは前々からイギリスとの縁が深いと聞く。となると、イギリスがEUを離脱した今、ひょっとするとこの国も離脱するのではないか、などと思ってしまう。

 スペインとポルトガルのちがいは政治のちがいで、前者が大国主義、後者が小国主義なのである。スペインはかつて大国であったことの記憶がどこかに残っており、足元を見つめる代わりに大きな夢を抱きがちだ。一方のポルトガルは、かつては海洋国として世界中に乗り出したにもかかわらず、それは過去の夢にすぎないとあきらめている。人々は現実を見つめ、できるだけ静かでいようとし、固有文化を守ろうとしているかに見える。

 翻って日本を考えてみると、日本がかつて親しく交流できた西洋の国はポルトガルとオランダである。どちらもが小国であるばかりでなく、小国主義の国である。これを言い換えれば、理念よりは実利をとるということで、日本もこの道を進むべきなのだ。明治以降、大国を目指して失敗した経験を忘れてはならない。小国であることは少しも恥ずかしいことではないのだ。

 小国主義の特徴はイデオロギーを掲げないことにある。当然ながら、国際政治の主導権をもつことはない。しかし、小国であればこそ小回りがきくし、目立たないために、大きく叩かれることもない。

 日本は国際的発言権がないとか、国連の常任理事国になるべきといった議論もあるが、世界全体が日本にもっと期待するようになるまでは、じっと黙っている方がいい。アメリカ、中国、ロシアはいずれもが大国主義。これを横目に睨んで状況判断を慎重に行うことが日本には最もふさわしい。

 ただし、どういう状況になってもやっていけるように、海外の動きを正確にキャッチできる専門家を要請しておく必要はある。意見を聞かれれば的確に返答できるだけの英語能力をもつ政治家を増やすことも肝要だ。

 日本の国際社会での役割は、自己主張をせず、黒子に徹することであろう。目立たないが、大国主義の国々が無駄な対決をしないようお膳立てをし、そこから利益を引き出す訓練を積んでおけば安泰である。もともと、そういうことが得意な国民性ではないか。己を抑えて相手を立て、いつの間にか相手の後ろに回り込む。

 日本を代表する哲学者の西田幾多郎は「無の場所」ということを言った。「無の場所」とは空っぽの場所ということだが、それがなくては、物は存在し得ない。だから、実は最も重要なのだ。

 「無の場所」はそこに存在するあらゆるものを「無」にしてしまうだけの力をもつ。自己の存在を強調する輩も、「無の場所」にはまれば徐々にその存在感を弱め、やがては同じ土俵に立つ相手の存在を認めるようになるのである。

 日本が世界において「無の場所」の役割を提供できるならば、大国主義に溺れる国々の対立を和らげることもできよう。己を無にすることで、他者が生きるばかりか、他者に反省を促す機会をも与えることができるのである。忍耐が要るが、それが出来そうな国であることはたしかだ。

 明治政府の誤りは、西洋列強の自己主張の論理にはまって、自分たちも強国になろうとしたことだ。そうでもしなければ西洋の植民地になっていただろう、という人もあるだろうが、たとえ植民地になったとしても、そこから得るところはあったろうし、実力がつけば、その逆境を覆すこともできたはずである。明治政府に足りなかったのはその点での深謀遠慮。西洋が短絡的だったとしても、同じ短絡に陥れば馬鹿を見るのだ。

 いまの日本は経済大国の地位から落ちつつある。しかし、だからといって、もうダメだと見くびるのは早計だ。じっくり将来を検討し、新しい力の誕生があるのを見極め、これを育てていけば先は見えてくる。

 そのためには戦後体制がつくったシステムを克服していかねばならない。つまり、大国の夢を捨てることだ。それができれば、世界にも大いに貢献できる。

(了)


<プロフィール>
大嶋 仁
(おおしま・ひとし)
1948年生まれ、神奈川県鎌倉市出身。日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。75年東京大学文学部倫理学科卒。80年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリの教壇に立った後、95年福岡大学人文学部教授に就任、2016年に退職し名誉教授に。

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