2024年07月16日( 火 )

日本を取り巻く経済安全保障の行方2023~ビザ発給停止から考える

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国際政治学者 和田 大樹

 2023年を迎え、早くも日中関係がギクシャクしている。ゼロコロナ政策の撤廃にともない、日本が対中国の水際対策強化を打ち出したなか、中国はそれへの対抗措置としてビザ発給停止という措置を取った。欧米も日本同様に水際対策を強化したわけだが、欧米に対してビザ発給停止措置は行われていない。また、韓国に対してもビザ発給停止が実行されたが、韓国は水際対策ではなく、中国に対して短期ビザ発給停止という水際対策よりやや重い措置を講じており、中国は日本に対して韓国以上に厳しい措置を取ったともいえる。

    ここで重要なのは、この問題を単に「新型コロナウイルス感染症のための水際対策強化→ビザ発給停止」という事実だけで終わらせず、日中を取り巻く国際政治の視点から捉えることだ。今回、アンバランスだとも指摘されるビザ発給停止という措置を取った中国にはいくつかの狙いがあると思われる。

 まず、国内向けのアピールだ。反ゼロコロナの声に象徴されるように、3期目に入った習政権への中国国内からの経済的、社会的不満が高まっている。習政権が最も警戒するのは国内での反政権的動向であり、対外的に強気の姿勢を示すことで国民の不満をかわし、政権に対する忠誠心を高めたいという狙いがある。

 また、米国を戦略的競争相手と位置付ける中国は、防衛安全保障だけでなく経済安全保障の側面でも、米国と関係を強化する日本の動きを注視している。バイデン政権は半導体技術などで中国とのデカップリング、国内回帰を目指すリショアリング、そして日本など同盟国や友好国とのフレンドショアリングを進めている。対する中国としては日米のデカップリングを望んでおり、今回、ビザ発給停止という措置を取った後の日本の政治的姿勢をうかがう狙いもあったと思われる。

 そして、今回の問題は日本を取り巻く経済安全保障情勢を占う上でも重要となる。今回の問題は、緊張が続く台湾情勢を中心とする米中対立と同一線上で捉えるべきだろう。周知のように、台湾情勢では軍事的緊張が続き、米国・中国・台湾の当事者間で雪解けの様子はまったく見えない。仮に有事なれば、日本は米国の軍事同盟国である以上、中国とは対立軸で接することになる。中国軍が在沖縄米軍基地を攻撃する可能性が高く、そうなれば日本の安全保障が直接脅かされる事態となり、日中関係の亀裂は決定的となる。

 しかし、そういった最悪の事態以前に、日中間では経済や貿易の領域を舞台とした紛争が激しくなる可能性が非常に高い。2010年9月の尖閣諸島での中国漁船衝突事件の際、中国は報復措置としてレアアースの対日輸出を突然停止したが、今後台湾情勢をめぐって日中関係がさらに冷え込めば、中国側から輸出入禁止・制限、もしくは関税引き上げなど何かしらの経済制裁が発動される可能性がある。

 日中関係は、過去と現在とではまるで異なる。その政治力学は中国優位に傾いており、簡単にいえば「日本は中国の態度、姿勢をうかがっている」「中国は強硬な行動をなかなか取れない日本を熟知している」といった状態だ。今回の出来事から、我々は中国が戦略として厳しい措置を取ってくるということを十分に踏まえ、今後の経済安全保障情勢を戦略的に練っていく必要があろう。

(了)


<プロフィール>
和田 大樹
(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
▼詳しい研究プロフィールはこちら
和田 大樹 (Daiju Wada) - マイポータル - researchmap

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