リニアをめぐる政府と静岡の攻防、計画の欠陥とJR東海破綻リスク
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リニア推進の急先鋒だった安倍晋三・元首相と大親友の葛西敬之・JR東海名誉会長(森功著『国商 最後のフィクサー葛西敬之』参照)が昨年ともに亡くなっても、「晋三死すとも“安倍友リニア”は死せず」という状況が続いている。“安倍背後霊政権”のような岸田首相がリニア推進の姿勢をさらに強め、異議申立を続ける川勝平太・静岡県知事が立ちはだかる構図は不変で、新年早々にも攻勢に出た岸田首相に強烈な“カウンターパンチ”を浴びせたのだ。昨年12月に斎藤国交大臣が表明した東海道新幹線シミュレーション(需要調査)の実施をめぐる応酬のことだ。
この需要調査について岸田首相も1月4日の年頭会見で紹介。リニア開業のメリット(静岡県内の東海道新幹線のひかりやこだま本数増)を強調しつつ、全線開通への意気込みを語った。水問題や環境保全などを理由に静岡工区のトンネル工事を了承しない川勝知事に対する切り崩し工作といえるが、これに対して川勝知事は新年初の1月11日の定例会見で、岸田首相を返り討ちにした。「東京(品川)~名古屋間」の調査もすべきと釘を刺しながら、赤字垂れ流しでリニア計画破綻リスクを際立たせていったのだ。
──(幹事社の青島記者)岸田首相は4日の年頭会見で「全線開通に向けて大きな一歩を踏み出す年にしたい」と発言。(需要調査で)東海道新幹線の停車頻度の増加について夏をメドに取りまとめて関係者に説明していく考えも示しました。早期開業のために静岡県が取り組むべきことは何か聞かせください。
川勝知事 (水資源と環境保全について触れた後)いわゆる需要動向調査ですが、JR東海が出している資料2をご覧ください。リニア全線開業後、「のぞみ中心」から「こだまとひかり中心」のダイヤになるだろうと言っている。東京・名古屋間の部分開業は2027年、東京・大阪間の全線開業は10年後の2037年で、JR東海は「まず東京から名古屋まで開業して“体力”をつけて、お金を貯めて、それで大阪に延伸していく計画」と言っている。2027年に(名古屋まで)開業したときにどれぐらいのぞみからリニアにどれぐらい移るのか、よく考えてください。
川勝知事が注目したのは、名古屋までの部分開業時における「東海道新幹線の停車頻度の増加」の程度(実現性)。大阪全線開業までの10年間、“ドル箱路線”の東京から大阪に行く場合のリニア乗車率は非常に少なく、大赤字になるのではないかという疑問呈示でもあった。
川勝知事 名古屋までリニアで行って東海道新幹線に乗り換えて大阪まで行く乗客は、東京駅から品川駅(リニア始発駅)まで山の手線で移動する(所要時間13分)。ラッシュ時間は立ったままでしょう。山の手線の品川駅は陸側、リニア新駅は海側でしかも地下50mで、10分はかかるでしょう。リニアの名古屋駅も地下50mです。リニアは消費電力が3倍になるので、料金も高くなる。
リニア計画の致命的欠陥とJR東海の経営破綻の近未来図が浮き彫りになっていく。「大阪までの全線開通時」だけではなく「名古屋までの部分開業時」と「大阪までできた時」の需要調査(シミュレーション)を川勝知事が求めたのは、乗り換えの煩雑さから部分開業時のリニア乗車率(のぞみからリニアへの移行率)は非常に低く、静岡県内の停車頻度増加も微々たるもので、赤字垂れ流しになる可能性が十分にあると見ていたからだ。
川勝知事の理論武装の周到さも見て取れた。“ネタ本”の1つと見られる樫田秀樹著『“悪夢の超特急”リニア中央新幹線』(第58回日本ジャーナリスト会議賞受賞)は、名古屋部分開業時におけるリニア乗車(乗換有)とそうでない場合の「東京・大阪間の所要時間」を比較、「(リニア乗車・東海道新幹線乗換で)現在の新幹線よりもわずか20分しか早くならない」と指摘。「速いけど早くない」(p168)のリニア乗車のメリットの乏しさを比較データで提示。それは、リニア乗車時が「2時間17分~2時間27分」に対して乗車しない場合が「2時間48分」というもので、20分~30分しか短縮効果がなれば、乗り換えありのリニア乗車をする人は限定的であることは一目瞭然なのだ。この内容を頭に入れて川勝知事は、定例会見で説明していったように見えるのだ。
「JR東海 リニア南アルプストンネル計画 なぜ、川勝知事は闘うのか?」(発行:静岡旅行記者協会)にも「名古屋開業でも“大赤字”リニアは悪夢か?」と銘打って、悲観的な予想を紹介していた。
「リニアが品川~名古屋間を40分で結んで、どれだけの人が利用するのか。現在、品川駅と名古屋駅で、地下深くにリニア駅の建設を進めている。『新大阪に行く人が、途中の名古屋で乗り換えるケースは少ないだろう』。JR東海の幹部もそう認める」
「経済評論家の堺屋太一は『名古屋で乗り換えて大阪は非現実的です。東京~名古屋だけをつくるのでは大赤字は確実。大阪まで一気に開通させる以外はない』と提言した」ここで問題になるのは、名古屋までの部分開業後に10年間も大赤字を垂れ流しながら、大阪までの全線開業が可能なのか、ということだ。このことについても川勝知事は、事業費増大と長期債務残高の適正額超過をあげたうえで、この危機的状況も調査すべきと訴えたのだ。
川勝知事 現在のJR東海の計画は、東京と名古屋間は(事業費)5.5兆円でつくると言っていたが、1.5兆円増えて7兆円になった。もう1つは、「長期債務残高が5兆円以下なら(経営)体力がもつが、6兆円になったら持たない」と国交省に正式な文書で言っていること。現在、(長期債務残高は)6兆円です。かつエネルギー代が上がっていることもシミュレーションをして、(リニア計画が)成り立つのかどうか、調べて欲しい。今後、こうした内容を質問するために岸田総理に書簡をしたためます。そして国が責任をもってやっていただけるように要請したいと思っています。名古屋までの部分開業でどれだけペイができるのかをまずやるべきだし、ペイしない(大赤字の)場合はどうするのかも考えるべきでしょう。
斉藤国交大臣に続いて岸田首相も、需要予測調査で東海道新幹線の停車頻度増加になるという“人参”を指し示して、「静岡県民益に反する川勝知事」という悪玉論を広めることで切り崩そうとしたのだろうが、そのメリットは微々たるものでリニア計画破綻、ひいてはJR東海の危機的経営状況を際立たせる羽目に陥ったのだ。岸田首相は川勝知事に斬り込んだが、すぐに返り討ちにあって墓穴を掘ったともいえる。
12月27日の定例会見でも川勝知事は、デジタル田園都市構想を掲げる岸田首相を一刀両断にしていた。
「エネルギーはこんなに高騰しているなかで、既存の新幹線の3倍とも4倍ともいわれているリニアの電力消費をまかなえるのか。それからオンラインで仕事ができるような現状がどんどん進行し、政府も推し進めている。いわゆるデジタル田園都市構想と一体ですが、そうすると、電力も厳しい、(仕事が)オンラインでもできることになると、『リニアはいるのか』というふうに言われたときにどう答えられるのか」
安倍元首相が残した負の遺産「リニア計画」をゴリ押しする岸田首相に対して、理路整然と異論を唱える川勝知事――新年早々から激化した両者の論戦から目が離せない。
【ジャーナリスト/横田一】
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