【鮫島タイムス別館(9)】支持率低迷に開き直りか、安保政策転換で名声を得ようとする岸田首相
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国民からの人気が落ちるほど「強い宰相」に憧れる。凡庸な政治家はそういうものなのかもしれない。
内閣支持率が危険水域といわれる3割を切り、岸田文雄首相は落ち込むどころか高揚感を増している。就任当初は「聞く力」「丁寧な説明」という言葉を繰り返して謙虚なリーダー像を演じていたのに、いつしか国民に「責任」や「決意」を迫るマッチョ型リーダーとして振る舞い始めた。
年頭記者会見では「時代の大きな転換期にあって、未来の世代に対し、これ以上先送りできない課題に正面から愚直に挑戦し、1つ1つ答えを出していく。それが岸田政権の歴史的役割だ」と豪語した。念頭にあるのは、憲法の専守防衛を逸脱しかねない「敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有」を柱とする防衛力の抜本的強化である。
安保3文書を閣議決定した昨年12月16日の会見では「端的に申し上げれば、戦闘機やミサイルを購入するということだ」と語気を強め、「これを借金で賄うことが本当によいのか、自問自答を重ね、安定的な財源で確保すべきであると考えた」と語り、1兆円の「防衛増税」を訴えた。国家の防衛力強化のため、国民には増税を受け入れる責任があると言わんばかりだ。
「岸田首相は内閣支持率の続落を受けて、衆院解散を断行して総選挙に勝利したうえで2024年秋の自民党総裁選で再選をはたす筋書きをあきらめたようです。総裁選までできるだけ長く首相の座にしがみつき、日本の安保政策を大転換することで歴史に名を刻むつもりでしょう」と宏池会(岸田派)OBはいう。自らの手で国民の信を問う気がないのだから、国民の声に耳を傾けて人気を回復させる必要もなくなり、国民に不人気な増税を打ち出すほどにまで開き直ったというわけだ。
岸田首相が目下、何よりも意欲を燃やしているのは5月に地元・広島で開催するG7サミットでホスト役を務めることである。地ならしとして年明けそうそう、フランス、イタリア、英国、カナダ、米国を歴訪し、日米首脳会談ではとりわけ高揚感に包まれた。バイデン大統領に肩を捕まれながら満面に笑みを浮かべる様子に日本国内では「属国そのもの」と批判が高まったが、どこ吹く風。「大統領がホワイトハウスの南正面玄関まで出迎えてくれた」「会談途中に2人だけで話をする時間を設けてくれた」と同行記者団に得意げに語った。
「今回の訪米では共同記者会見も晩餐会もなく、軽く扱われたのではないかという向きもありますが、首相本人は厚遇されたとご機嫌のようです」と政治部記者は明かす。
岸田首相の高揚ぶりが露見したのは、ワシントンにあるジョンズ・ホプキンズ大高等国際問題研究大学院(SAIS)での講演だった。安保3文書について「安保政策の大転換」と自画自賛したうえ、吉田茂元首相による日米安保条約締結、岸信介元首相による安保条約改定、安倍晋三元首相による安保関連法策定に続く「日米同盟の歴史上最も重要な決定の1つだ」と胸を張ったのだ。
岸田政権は吉田、岸、安倍の3政権に並ぶ歴史的偉業を成し遂げた──そう確信しているのは首相本人ただ1人ではなかろうか。そもそも岸田首相は30年におよぶ政治キャリアのなかで政治理念や国家像を明確に語った形跡がない。安保政策の大転換も米国の要求と安倍氏主張を丸呑みしたに過ぎない。吉田、岸、安倍の安保政策には賛否両論はあるものの、彼らは明快な国家ビジョンを掲げて戦後日本の転換期に宰相を務め、戦後史に大きな足跡を残したことに異論はなかろう。岸田首相を3人と同列に扱うことに歴史家が納得するとは思えない。
岸田首相は内閣支持率が続落するなかで自らの「歴史的役割」をあたふたと探し求めところ、米国が要求し安倍氏も主張してきた「防衛力強化」にたまたま行き着いたように私には見える。定見も思想もなく、そのときの政治情勢のなかで目の前に転がっていた「歴史的役割」に飛びついた──そんな軽いノリで、戦後日本の国是である専守防衛は打ち破られ、大々的な防衛力強化のために大増税が断行されようとしているのだ。
岸田首相本人がその「軽さ」を自覚せず、「歴史的役割」をはたすという高揚感に包まれているのが事態をより一層深刻にしている。この国の政治指導者は、解散総選挙で国民の信を問う、次期総裁選で再選をはたすという政治のリアリズムを放棄し、思いつきの使命に自己陶酔して権力を行使するという、極めて危うい状況に陥っている。
岸田首相は、敗戦直後に吉田が描いた軽武装・経済重視を受け継いできた老舗派閥・宏池会の第9代会長である。その岸田政権のもとで、岸にも安倍にもなし得なかった安保政策の大転換がさしたる覚悟もなく、なし崩し的に進もうとしているのは歴史的皮肉としかいいようがない。
岸田降ろしを目論む安倍派(清和会)は「防衛増税」に反対しつつも「防衛力強化」には賛成だ。広島サミットで「防衛力強化」が披露された後、お役御免とばかりに「増税反対」を旗印に岸田降ろしの狼煙が上がるのではないか。岸田首相が「安保政策の大転換」を自画自賛するのは、退陣時に「歴史的役割をはたした」と体面を保つための準備に入ったのではないかと私はみている。
【ジャーナリスト/鮫島 浩】
<プロフィール>
鮫島 浩(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月31日、49歳で新聞社を退社し独立。
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