NHKの会長人事が大逆転　岸田首相に主導権（前）

幻に終わったNHK次期会長のスクープ報道

「NHK次期会長人事、丸紅元社長・朝田氏で最終調整」
　東洋経済ONLINE（22年12月3日付）は、23年1月に任期満了を迎えるNHKの前田晃伸会長（77）の後任として、12月2日までに丸紅元社長・朝田照男氏に絞り込まれたとスクープした。

　事情に詳しいNHK関係者によれば、前田会長は一時、2期目も務める意思を示していた。しかし、受信料の引き下げをめぐって自民党と対立。前田会長ら経営陣は経営計画の修正として2023年から衛星契約のみの引き下げを主張していたが、最終的には自民党に押し切られ形で地上契約・衛星契約ともに1割値下げを決定した。こうした経緯を受け前田会長は1期での退任を決めた。

　後任の人選に当たっては前田会長同様、経済界を中心に進められ、数人の候補が浮上したものの、前田会長の出身母体であるみずほフィナンシャルグループと親密な関係にあり、経済団体などで親交のあった丸紅の朝田会長に白羽の矢が立てられたという。

　ところが、大逆転が起きる。

日銀元理事・稲葉氏を任命

　NHKの経営委員会は22年12月5日、1月24日で任期満了となる前田晃伸会長の後任として、日本銀行元理事の稲葉延雄氏（72）の任命を決めた。

　稲葉氏は1974年に東京大学を卒業後、日本銀行に入行、システム情報局長や考査局長などを経て2004年に理事に就任し大阪支店長などを務めた。現在はリコー経済研究所参与を務めている。

　本命の朝田氏が外れ、ダークホースの稲葉氏の急浮上に局内外から驚きの声が挙がる。

　大本命の朝田氏はなぜ敗れたのか。

　東洋経済ONLINE（12月7日付）は「前田会長に近しい人物『ノー』で急転直下」と追報した。

　（朝田氏の次期会長人事が表面化すると、官邸や自民党から横やりが入る。総務省関係者によれば、総務大臣経験者をはじめとする自民党の総務族が、この人選に「ノー」を突きつけた。理由は「前田会長に近い人物だったから」（総務省関係者）というものだった。

NHK会長人事に菅氏の意向

　『週刊現代』（22年12月24日号）は「NHK『トップ人事』をめぐる『岸田VS菅』壮絶バトルの内幕」を報じた。引用する。

　そもそもNHKの会長人事は、放送行政を牛耳るドン・菅義偉前総理の意向が働いてきた。「菅氏は前田会長を支配下に置き、機構改革や番組内容にも影響力を及ぼしてきたとい言われます」（NHK幹部）

　その前田氏は菅氏の威を借り続投を希望していたが、ある事件により道を断たれた。「菅さんと近い板野裕爾を再任しない人事案を出し、菅さんの怒りを買った」（別の幹部）のである。

　前田氏の代わりに菅氏が目をつけたのが朝田氏だった。実は過去に丸紅が経営危機に陥ったとき、救いの手を差し伸べたのが当時富士銀行副頭取だった前田氏。以来、朝田氏は前田氏に頭が上がらないため、菅氏は間接的に朝田氏をコントロールできると踏んだのだ。

岸田官邸が菅氏を阻止

　『週刊現代』の記事を続けよう。

　ところが、菅氏のNHKへの影響力を削ぎたい岸田官邸がこの構図に気付き、横槍を入れた。
「岸田総理のいとこの宮沢洋一自民党税調会長が『日銀の元プリンスでいいのがいる』と稲葉氏を推し、それに総理が乗っかった」（NHK関係者）
　岸田総理は菅氏に「稲葉会長案」を直談判。菅氏は難色を示したが「麻生（太郎自民党副総裁）さんが『会長はお飾りだ。実務者の副会長を取れ』と菅さんをなだめて呑ませた」（自民党閣僚経験者）

　政界奥の院での人事をめぐる暗闘を生々しく活写している。実力者たちのやりとりで、NHKのトップ人事は決まるのか、と得心がいった。
　政界では菅氏による「岸田降ろし」が過熱している。どちらが勝つか。NHKの経営陣は気が気でないだろう。

（つづく）

【森村　和男】