「心」の雑学(1)心があるとはなにか──心を感じるものは優遇したくなる?
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心理学における心とは
ときに「あの人は心がない」などということを、口にしたり耳にしたりすることはないだろうか。つい反射的に出てしまうものかもしれないが、ふと立ち止まって考えてみてほしい。「心がない」あるいは「心がある」とは、いったいどういうことだろうか。
心に関する学問・心理学では、どのように「心」を扱っているのか。心理学は、言語報告や行動、生理的状態などから心を研究している学問だ。たとえば、不安という心理的事象を対象とした場合、言語なら「不安で頭が真っ白です」という発言、行動なら緊張で足が震えているという姿を観察できるかもしれない。あるいは生理的状態を調べれば、脳の扁桃体などの活動やコルチゾールなどのホルモンの分泌に変化が起きているかもしれない。かなり大まかではあるが、心理学はこのような観点から心を測り、検討している。
心理学は哲学から分化したと言われている。哲学の時代から、精神、魂、意識などの心に関連する概念は扱われてきたが、心理学として成立したのは1870年代とされている。約150年の歴史があることになるが、実は「心」というものを明確にする定義については、心理学のなかでもいまだコンセンサスが得られていない。たとえば、「生命」であれば、外界と自己を隔てる膜をもち、代謝を行い、自己複製をする、などの特徴が挙げられている1 。しかし、現状「心」にはそういった具体的なものが存在していない。それゆえ、人以外の生物やロボットなどに心があるかという議論も、心理学や学術的な観点では結論を出すことが非常に難しい。
人が捉える「心」研究
ここで、1つの研究を紹介しよう。Grayらは、mind perception(心の知覚)という人がある対象に心を感じる現象を検討している2。この研究では、乳児や成人などの人間、ペットのイヌや野生のチンパンジーといった人以外の動物、さらにはロボットや神といった生物以外の存在など、13の対象に対して、心(やその能力)に関する評価を測定した。その結果、人は2つの次元から心というものを捉えていることが示唆された(下図)。1つは、喜び、痛みといったさまざまな感覚や感情を経験する能力から構成される経験性(experience)の側面である。もう1つは計画性や道徳感、自律的に考え行動するなどの能力からなる主体性(agency)の側面である。
成人の男女については、経験性と主体性のどちらも高いのに対して、少女や乳児となるにつれて主体性が低くなっていく。イヌやカエルなどの動物には経験性はある程度感じられるが、主体性はないと思われていることがわかる。そして、神やロボットについては、経験性はほとんど感じていないようである。この結果から、人が心をどのようなものと感じているか、そしてある対象物をどのように認識しているかの重要な手がかりが得られる。
「非人間化」に注意
「心がない」という話に戻ると、心がないというのは相手に心を認識する要因である経験性や主体性、おそらくこのどちらか(あるいは両方)が欠けていると感じた状況に出くわすものだと解釈できる。
ちなみに、前述の心の知覚の研究から、経験性を高く感じる対象ほど、保護や配慮の対象にされやすいことも報告されている。哺乳類や鳥類、魚類、爬虫類や昆虫類といったさまざまな動物種を対象にしたある研究でも、高い経験性の能力を有すると感じられる動物ほど、人の生活のために傷つけたり殺したりすることへの抵抗感を感じ、配慮や保護をすべきだと思うことが報告されている3。また、動物だけでなく、家庭用ロボットに関する研究でも、ロボットに対する経験性の知覚が、ロボットに対する配慮などの必要性や、ロボットを傷つけることへの抵抗感を高めるという報告もある4。人は相手(人に限らない)に心、とりわけ感情を経験する側面を感じると、優遇したくなるようだ。だとすれば、自然環境、生物、エネルギーをはじめとしたさまざまな資源を守る必要がある現代社会において、人々に心を感じさせるようなメッセージやデザインで訴えかけることは、SDGs達成に向けて人々を動かす1つの方略になり得るかもしれない。
心があるものには優しくしたくなるその一方で、心を感じられないものはこういった配慮の対象外となりやすいことも指摘されている5。嫌いな他者やよそ者の人たちには心を感じにくく、また相手に心を感じないことで共感や危害の罪悪感が低下することもあるとされる。これは「非人間化」と呼ばれる、他者を人間としての心を喪失した、物や人以外の動物のように認識し扱う現象に関連している。もしかすると、日々の生活でも他者から心を感じてもらえない人は、損をしているのかもしれない。くれぐれもコミュニティのなかで、「心ない人」とは思われないように振る舞うことをおすすめする。
1 しかしながら、生命の定義も分野などによって多少異なり、ここで挙げたものもその一例であることにご注意いただきたい
2 Gray, H. M.、 et al. (2007). Dimensions of mind perception. Science, 315, 619.
3 Possidónio, C.、 et al. (2019). Animal images database: Validation of 120 images for human-animal studies. Animals, 9(8)、 475.
4 Tanibe, T.、 et al. (2017). We perceive a mind in a robot when we help it. PLoS ONE, 12(7)、 e0180952.
5 Waytz, A.、 et al. (2010). Causes and consequences of mind perception. Trends in Cognitive Sciences, 14, 383-388.
<プロフィール>
須藤 竜之介(すどう・りゅうのすけ)
1989年東京都生まれ、明治学院大学、九州大学大学院システム生命科学府一貫制博士課程修了(システム生命科学博士)。専門は社会心理学や道徳心理学。環境や文脈が道徳判断に与える影響や、地域文化の持続可能性に関する研究などを行う。現職は九州大学持続可能な社会のための決断科学センター学術研究員。小・中学生の科学教育事業にも関わっている。月刊誌 I・Bまちづくりに記事を書きませんか?
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