2024年11月24日( 日 )

露ウ戦争の第二局面(4)

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 日本ビジネスインテリジェンス協会理事長・中川十郎氏から東京大学法学部教授・松里公孝氏の「露ウ戦争の第二局面―ロシア軍事政治指導部内におけるウクライナ全土派とドンバス集中派の対立」が寄稿されたので以下に紹介する。

ウクライナ 首都キーウ キエフの街並み    しかし、占領に理由があるということと、しっかりした占領政策があるかどうかということは別問題である。占領軍は、緒戦のメリトポリ市の事例とは違ってコルィハエフ市長を抑圧するでもなく、市行政を任せている。3月中旬、元ヘルソン市長のヴォロディムィル・サリド※8が占領軍に協力する立場に転じたと報道されたが、この問題はその後進展を見せておらず、そもそもウクライナ側の魔女狩りだったという印象も受ける。「ヘルソン人民共和国」を樹立するための住民投票をロシア側が準備しているなどという噂も、占領初期から、むしろウクライナ側が繰り返し流してきたもので、4月20日時点で、コルィハエフ市長もそのような事実は確認できないと述べている※9。

※8 サリドは建設業出身で、2002年から12年にかけてヘルソン市長(地域党)。2012年から国政に転じ地域党から最高会議議員となったが、ユーロマイダン革命後はペトロ・ポロシェンコ大統領に乗り換えた。2015年の地方選挙に際し、ポロシェンコ系の「我らが地域」党からヘルソン市長に立候補し、決選投票に進んだが、立候補を取り下げた。

※9 Власти Херсона не знают точную дату проведения «референдума» — мэр // НВ.UA. 2022.0421 (https://nv.ua/ukraine/events/voyna-rossii-protiv-ukrainy-net-tochnoy-daty-provedeniya-referenduma-v-hersone-50235905.html).  

 コルィハエフは愛国的な立場を堅持しているが、占領下で、国庫から市に予算が配分されていないことと、自治体職員が占領軍に対してどのような態度を取ればいいのか政府から指示がないことに公然と不満を述べている※10。

※10 Мэр Херсона Колыхаев обратился к президенту и властям с просьбой объяснить、 как им работать в оккупации— заявление // НВ.UA. 2022.04.19 (https://nv.ua/ukraine/events/mer-hersona-kolyhaev-s-prosboy-obyasnit-kak-im-rabotat-v-okkupacii-50234970.html). たとえば公立病院で薬が足りない場合、ロシア軍に薬供給を頼めば占領協力として重罪になる。かといってウクライナ政府に頼んでも薬は来ない。

 ロシア軍がヘルソンを優先的に占領したのはクリミアのためばかりではなく、ヘルソン州がオデサ州への橋頭保であるためでもあるだろう。4月22日には、ロシア軍のミサイル攻撃がオデサの高層住宅を襲い、3カ月の乳児を含む8人の民間人を殺害するという痛ましい事件が起こった。ロシア国防省によれば、これもオデサ自体を攻略するものではなく、西側から援助される兵器の流れを遮断するためのものだった※11。言い換えれば、今日のロシア軍は、とてもヘルソン州からオデサ州に攻め込めるような状況ではないのである。ではなぜロシアの軍事政治指導部は、オデサにこだわるのか。

※11 ВКС России уничтожили под Одессой логистический терминал с западным оружием 
Минобороны РФ: российские ракеты уничтожили арсенал с иностранным оружием под Одессой // Радио Sputnik. 2022.04.23 (https://radiosputnik.ria.ru/20220423/arsenal-1785115512.html).  

 私は、黒海の制海権に絡む軍事的な意義、世界的に知られた海港であるという経済的な意義に加えて、オデサ占領が脱ナチ化の里程標になるからだと思う。2月21日の第1回目の宣戦布告(ドンバス2共和国の承認宣言)において、プーチンは、40人以上の犠牲者を出した2014年5月2日のオデサ労働組合放火事件にとくに言及し、ウクライナの司法は、その犯人を1人も逮捕していないが、「自分たちは犯人の名を知っているので、必ず逮捕して裁判にかける」と決意表明した。つまり、オデサ労働組合放火事件を蒸し返して処理するということが、ロシアの一種の戦争目的になってしまったのである。しかし、8年前の放火事件の犯人たちが、たとえ開戦時のオデサにいたとしても、プーチンから名指しにされて今日もとどまっているとはとても思えない。

(つづく)

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