【鮫島タイムス別館(10)】揺らぐ岸田政権の下、不穏な船出となる植田日銀
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岸田内閣は日銀の新総裁に経済学者の植田和男氏(71)を起用する人事案を国会に提示した。衆参両院が同意した後、正式に任命される見通しだが、ネットメディアでは植田氏が日銀審議委員だった2000年に黒塗りの公用車で東京・六本木に連夜のように通い、ホステスを同伴して豪遊しているという当時のスキャンダル報道が蒸し返されており、不穏な船出となりそうだ。
日銀総裁は日銀と財務省の出身者が交互に起用されてきた。アベノミクスの旗印のもとで異次元の金融緩和を主導した黒田東彦・現総裁(78)は財務省出身のため、新総裁には日銀出身の雨宮正佳・副総裁(67)が本命視されていた。
しかし、黒田総裁のもとで日銀の伝統的な金融政策に反する異次元緩和を支えた雨宮氏に対する日銀OBの視線は厳しかった。岸田官邸や財務省もアベノミクスからの軌道修正を志向しており、日銀審議委員時代を含め「緩和と引き締めの双方に柔軟な姿勢」(財務省OB)をみせてきた植田氏に白羽の矢が立ったようだ。
巨大組織のマネージメント能力は未知数だが、氷見野良三・前金融庁長官と日銀理事の内田真一氏の2人が副総裁として支える体制だ。
植田氏は日銀を2005年に去った後は表舞台から長らく遠ざかっており、しかも学者として初の総裁起用である。当初はサプライズ人事として金融市場に好意的な受け止めが広がり、植田氏が金融緩和の継続に前向きな姿勢をにじませたことで安堵感も漂った。ところがその後は植田氏が金融引き締めに転じるとの警戒感が強まり、金融市場は揺れ動いている。政府内には「植田氏の金融政策は柔軟といわれるが、裏を返せば黒田氏のような断固とした信念がないということ。世論に振り回されて右往左往の対応を重ね、市場の信用を失う恐れがある」(財務省関係者)との懸念が早くもくすぶっている。
そこへ蒸し返された日銀審議委員時代の醜聞。ネットには「高級クラブで繰り返し豪遊の過去 美人ホステスと同伴」「『理論には誠実だが、女性には…』経済学者イチのモテ男」などのタイトルが飛び交う。岸田文雄首相が首相秘書官に起用した長男翔太郎氏が首相に同行して訪れたパリ・ロンドンで公用車に乗り観光地や高級デパートを巡ったことなど「公私混同」への批判が高まるなか、植田氏の過去の行動も今後の国会審議でも追及されるに違いない。
国会審議を乗り越えて衆参両院の同意を得たとしても、「植田氏は本当に適任だったのか」「岸田首相は過去の醜聞を容認したのか」というサプライズ人事への疑念はくすぶるだろう。そこへ金融引き締めへの警戒感から株価下落が追い打ちをかければ、「日銀総裁人事の失敗」として岸田首相の任命責任が問われる事態に発展する可能性は十分にある。植田氏がそれを恐れて金融政策の転換に尻込みし、身動きが取れなくなるリスクもあろう。植田日銀の先行きは視界不良といっていい。
さらに立ちはだかるのは、菅義偉前首相や萩生田光一政調会長、二階俊博元幹事長らが仕掛ける「岸田降ろし」の動向だ。
菅氏はすでに岸田首相が派閥会長にとどまっていることを露骨に批判して「岸田降ろし」の狼煙を上げたが、政局の勝負所は今年夏以降、岸田首相が掲げた「防衛増税」をめぐる党内論議になると見定めている。岸田首相は岸田派重鎮の宮沢洋一参院議員が会長を務める自民党税制調査会(党税調)で意見を集約する筋書きを描くが、菅氏と気脈を通じる萩生田氏は「増税以外の財源を検討する自民党特命委員会」のトップに就任して今年夏には一定の方向性を示し、党税調から主導権を奪う構えだ。植田日銀のもとで株価が下落し「増税どころではない」という声が高まれば、菅-萩生田ラインが勢いづいて「増税撤回」に追い込まれかねない。
菅-萩生田ラインとしてはその布石として「植田氏のサプライズ人事は成功だった」という見方が定着するのは避けたいところだ。今後、政府・与党内からも植田氏への批判はくすぶり、日銀審議委員時代を含めて過去の醜聞がリークされる可能性も十分にあるだろう。植田氏は「岸田降ろし」を狙う反主流派にとって格好の標的といっていい。
ただでさえ、アベノミクスの異次元緩和の出口を探し、株式市場や実体経済への副作用を避けながら長年にわたる緩和政策を軟着陸させるのは、困難を極めるオペレーションである。そこへ自らの過去の醜聞と「岸田降ろし」の激しい権力闘争という強烈なアキレス腱を抱え、植田日銀は視界不良の船出となるだろう。初の「学者総裁」にその舵取りは可能なのか。その成否は岸田政権の命運だけでなく、国民生活の行方も大きく左右することになる。
【ジャーナリスト/鮫島 浩】
<プロフィール>
鮫島 浩(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月31日、49歳で新聞社を退社し独立。
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