再認識される日本の宗教問題 今、宗教は大きな転換点にある(前)
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宗教学者/東京女子大学非常勤講師
島田 裕巳 氏日本人は宗教について客観的に語ることが得意ではない。宗教を語るのは、信仰を共有する信者、家族、組織といった内部の関係者間のみであり、外部の視点から宗教を客観視する機会は培われなかった。しかし、2022年、衝撃的な事件をきっかけとして、宗教が日本の政治に大きな影響を与えていることが白日の下にさらされた。日本にも宗教を客観視して論じるべき時代がきている。
再燃した旧統一教会問題
安倍晋三元首相の狙撃事件をきっかけに、旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)の問題が浮上し、さまざまな議論を呼んだ。
旧統一教会は韓国に生まれたキリスト教系の新宗教であり、1960年代から日本でも勢力を拡大するようになった。最初注目されたのは「親泣かせの原理運動」としてで、旧統一教会の教義である統一原理を学ぶための原理研究会に若者たちが吸い寄せられ、その親たちが事態を憂慮したからだった。
その後、旧統一教会の教祖である文鮮明は、反共の組織として韓国で「国際勝共連合」を立ち上げ、日本でもその組織が生まれた。当初、安倍元首相の祖父である岸信介や笹川良一が、この組織を支援したことで広がりをみせ、とくに左翼の政治運動、学生運動が盛んになった60年代後半には、それに対抗する組織として勝共連合は活発な活動を展開した。勝共連合、そして原理研の主要な対抗相手は日本共産党と、その青年組織である民主青年同盟(民青)で、私が大学に通っていたころには、民青が原理研の集会に殴り込みをかけている光景を目にした。
しかし、90年代に入ると、ベルリンの壁崩壊によって、戦後の世界を支配した東西の冷戦構造が崩れ、反共の運動は存在意義を失った。そうしたなかで、文鮮明は敵対視してきた北朝鮮を電撃訪問し、当時北朝鮮最高指導者の金日成と会談して世界を驚かせた。文は、北朝鮮に経済援助を約束し、共同での事業に乗り出した。
一方で、信者の結婚相手を教祖である文が決める合同結婚式に、日本の著名な芸能人などが参加したことで、それが話題になった。参加者の1人が、家族などに説得されて脱会したことから、旧統一教会は大きな注目を集めた。その際には、霊感商法やマインドコントロールといったことが問題視され、旧統一教会はかなり厳しく批判された。
以上は、すでに30年前のことになるわけだが、その当時問題にされていたことが、今回の安倍元首相狙撃事件を契機に改めて批判を集めることとなった。
旧統一教会問題は解散で解決するか
30年前のことを知る人間からすれば、今回とくに目新しいことが取り上げられたわけではない。旧統一教会の信者が自民党の議員を応援していることについても、90年代はじめに指摘されていた。新しいことがあるとすれば、旧統一教会の信者の家に生まれた「宗教2世」の問題である。狙撃事件の容疑者も、そうした1人で、信者となった母親が教団に多額の献金を行ったことで生活苦に陥ったことが事件を引き起こす要因になったとされている。
今回の問題が起こった当初の段階では、自民党議員と旧統一教会の関係が最も問題視された。旧統一教会の関連団体のイベントに参加したり、祝電を送ったりしたことが「ずぶずぶの関係」と批判され、そのことが次々と暴かれていった。最も深く関係していたのが狙撃された安倍元首相で、安倍政権に対して批判的だった人々が、とくにその点を問題にした。
その後、宗教法人としての統一教会を解散すべきだという声が高まり、現時点で、文部科学省は解散請求を行う方向で動いている。また、高額献金を防止し、宗教2世の窮状を救うための救済法案が急遽作成され、国会における異例の土曜審議を経て可決された。こうしたことは、90年代前半には起こらなかった。
解散請求が行われた場合、司法がそれをどう判断するかが問題になってくる。これまで、不法行為で解散させられた宗教法人はオウム真理教と明覚寺で、どちらも教祖や幹部が刑事事件を引き起こしたことが、その理由になっていた。今のところ、旧統一教会の幹部が刑事事件で処罰されてはいない。民事訴訟の不法行為だけで解散させることができるのか。そのハードルはかなり高い。
たとえ解散になったとしても、オウム真理教のときに見られたように、団体そのものが消滅するわけではないし、宗教活動はできる。しかも、旧統一教会の場合には、多くの関連団体があり、そうした団体が解散させられるわけではない。勝共連合などは政治団体であり、破防法の対象にでもしないかぎり、その活動を停止させることはできない。しかも、旧統一教会が解散してしまうと、法人が存在しなくなるわけで、不法行為や賠償の責任をとらせる主体が消滅してしまう。これもオウムの事件のときに問題になったことで、新たに法律をつくり、後継教団と契約を結ぶことで、賠償金を支払わせようとしたが、教団は資産隠しを行い、それを免れてきた。解散によって、かえって問題が生じてくる可能性がある。この問題は、ひどく難しいのである。
(つづく)
<プロフィール>
島田 裕巳(しまだ・ひろみ)
作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師
1953年東京生まれ。東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。
主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)、『日本宗教美術史』(芸術出版社)、『映画は父を殺すためにある』(ちくま文庫)、『小説日蓮』(東京書籍)、『プア充』(早川書房)、『0葬』(集英社)など多数。関連記事
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