2024年07月16日( 火 )

再認識される日本の宗教問題 今、宗教は大きな転換点にある(後)

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宗教学者/東京女子大学非常勤講師
島田 裕巳 氏

 日本人は宗教について客観的に語ることが得意ではない。宗教を語るのは、信仰を共有する信者、家族、組織といった内部の関係者間のみであり、外部の視点から宗教を客観視する機会は培われなかった。しかし、2022年、衝撃的な事件をきっかけとして、宗教が日本の政治に大きな影響を与えていることが白日の下にさらされた。日本にも宗教を客観視して論じるべき時代がきている。

創価学会と新宗教 戦後の興隆と衰退

 旧統一教会の問題が盛んに取り上げられるなかで、くすぶっていたのが創価学会をめぐる問題である。

 創価学会は第2次大戦後に政界に進出し、64年に公明党という政党をつくって盛んに政治活動を展開、今や公明党は自民党と連立を組んで与党になっている。創価学会の規模は、旧統一教会の100倍程度と見込まれ、政権の座にある以上、その政治的な影響力ははるかに大きい。

 高額献金や信仰2世のことは、創価学会についても問題視されつつある。旧統一教会よりも創価学会こそ問題にしなければならない。そのように考える人たちも少なくない。

宗教学者/東京女子大学非常勤講師 島田 裕巳 氏
宗教学者/東京女子大学非常勤講師
島田 裕巳 氏

    戦後の高度経済成長の時代には、創価学会をはじめ新宗教が急拡大した。それは、産業構造の転換にともなって都市部での労働力不足を補うために、地方からの大規模な人口移動が起こったからである。農家を継げない次三男が新天地を求めて都市へ出て行ったわけだが、彼らは小卒や中卒が中心で、零細な企業や工場、商店にしか勤められなかった。生活は不安定で、農村のような地域共同体との結びつきを失っていた。そうした都市下層に救いの手を差し伸べたのが、創価学会をはじめとする新宗教だったのである。

 ただ、高度経済成長はすっかり過去のものになり、70年代に入ると、入信者は増えなくなっていた。今や新宗教でも高齢化が進み、すでに亡くなった人たちも少なくない。戦後に急拡大した新宗教は、信者が激減し、教団運営は危機的な状況を迎えている。その1つ、関西に拠点を置くPL教団では、教祖が亡くなっても後継者が決まっていない。甲子園で勇名を馳せたPL学園など、野球部がなくなっただけではなく、生徒数自体が激減している。

 創価学会は、そのなかでも子どもや孫に信仰を継承させることにかなり成功しているものの、会員が減っていることも事実である。4年ごとに行われる地方選挙の公明党候補者の得票数を見てみると、毎回10%程度減少している地域が多い。

 ただ、自民党を長年支えてきた農協や医師会、遺族会といった圧力団体の力が弱まってきたために、創価学会の重要性はかえって高まっている。その点で、自民党が公明党との連立を解消する可能性は極めて低い。

先進国で宗教離れ進むも、一部の宗教は拡大

 実は信者数を減らしているのは新宗教だけではない。神道であろうと仏教であろうと、既成宗教も、信者数はバブルの時代を頂点に減り続けている。宗教団体は、文化庁に信者数を毎年報告しているが、高野山真言宗のように、最近それをしなくなったところもある。

 宗教離れは先進国に共通の現象で、西ヨーロッパでは、キリスト教の信者が減り、日曜日のミサに出席する人たちも少なくなっている。経営難で売られる教会も珍しくなく、多くは移民で増えたイスラム教徒のモスクに転用されている。

 新宗教などは、病気直しを売り物にすることで信者を集めてきた。既成仏教やキリスト教だと、死後浄土に往生すること、天国に召されることを宣伝し、信者をつなぎとめてきた。しかし、時代は変わり、宗教に病気直しを期待することはなくなった。病気になれば病院にかかる。しかも、長寿が可能になり、来世を求める気持ちは薄れてきた。要するに、宗教は時代遅れのものになり、人々の期待を集められなくなってきたのである。

 宗教は、人類が誕生したときから存在したといわれている。実際、宗教が存在しない国や民族はない。どの社会においても何らかの宗教があり、人々の生活に深くかかわってきた。世界宗教ということになると、今から2500年ほど前に仏教が誕生して以来、2000年前にキリスト教が、1400年前にイスラム教が生まれており、それぞれの歴史は長い。歴史が長いということは、その中身が古いことを意味し、急速に変わっている現代にはそぐわないところが出てきている。少なくとも、世界宗教は、開祖がすべて男性であるところに示されるように男性中心で、その女性観は現代にはまったく合わなくなっている。

 ただ、ロシアのウクライナ侵攻の際に見られたように、東方正教会の信仰はソ連が崩壊して以降、かえって強化されている。イスラム教となると、その拡大は続いている。先進国とは宗教をめぐる状況は大きく違う。アメリカでさえ、キリスト教プロテスタントの福音派が台頭することで、人工妊娠中絶を禁止する法律を各州が制定することが可能になった。

 一方、79年にイスラム革命が起こったイランでは、女性にヒジャブ(スカーフ)を強制することの是非をめぐって、抗議活動が今も続いている。イスラム革命は、その後の世界に大きな影響を与えただけに、これから事態がどのような方向に向かうかに注目が集まっている。

これから宗教について考えるべきこと

 今や宗教をめぐって、世界は激動している。こうした事態を、私たちはどのようにとらえたらいいのか。それが問われている。

 グローバル化にともなう国際的な人の移動は、新型コロナウイルスの流行によって一時的にストップがかかった。そうした事態も次第に解消されるようになり、日本でも外国人の姿を再び多く見かけるようになった。それは、私たちが海外の宗教とふれあうことを意味する。

 旧統一教会をめぐる騒動のなかで、一部、宗教教育の必要性が提起されたりもした。私たちが宗教について学ぶ機会は限られている。少なくとも公立の学校で宗教について学ぶことはない。宗教系の私立学校では宗教教育は行われているものの、それは、それぞれの信仰の価値を認めることを前提としたもので、客観的な立場から宗教について学ぶものではない。旧統一教会や創価学会のことについて考えるうえでも、その土台にあるキリスト教や仏教についての知識は必須のはずである。なぜそうした宗教に多くの人たちが惹かれるのか。それを考えるには土台にまで遡っていく必要がある。

 そして、最も重要なことは、私たちの世界観の根底にある宗教が弱体化したとき、私たちはどこに自分たちを支える精神的な基盤を求めればよいのかということである。そうした基盤を失った人間が多くなったからこそ、一部の宗教団体が政治を牛耳り、社会に多大な影響を与えているのではないかという疑惑を抱きやすくなる。陰謀論の流行もそれと関連する。

 私たちは、宗教なしに本当に生きられるのか。今問わなければならないのは、そのことである。

(了)


<プロフィール>
島田 裕巳
(しまだ・ひろみ)
作家、宗教学者、東京女子大学非常勤講師
1953年東京生まれ。東京大学大学院人文科学研究課博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員を歴任。
主な著書に、『創価学会』(新潮新書)、『日本の10大新宗教』、『葬式は、要らない』、『浄土真宗はなぜ日本でいちばん多いのか』(幻冬舎新書)、『日本宗教美術史』(芸術出版社)、『映画は父を殺すためにある』(ちくま文庫)、『小説日蓮』(東京書籍)、『プア充』(早川書房)、『0葬』(集英社)など多数。

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