2024年12月22日( 日 )

米中対立と環境問題、EV 政策の二律背反(前)

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 NetIB‐Newsでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
 今回は6月19日発刊の第334号「米中対立と環境問題、EV政策の二律背反」を紹介する。

最優先事項、環境から地政学へ

電気自動車 イメージ    環境問題と米中対立の二律背反を議論しなければならない時期に来たと思われる。環境問題は米中対立が深刻化する前から続く人類の歴史的な課題である。先進国が中心となって既に数十年にわたり、地球温暖化阻止のためにCO2排出量を長期的に大幅に引き下げていくことが追求されてきた。京都議定書(1997年)、パリ協定(2015年)、昨年のエジプトでのCOP27などを経て、数値目標が決められてきたのである。

 そして、ここに来て起こった新しい現実が、米中対立である。少し前までは人類にとっての最優先課題は地球環境の保全、脱カーボンであったが、今各国の最優先課題は地政学になった。ロシアによるウクライナ侵略という、武力による国境変更を引き起こす国が世界にあるのだという現実に直面して、環境保全よりも各国の安全保障、人々の命と国土をどう守っていくのかということが最優先事項になった。

 この結果、アメリカや日本など民主主義先進国は大きなジレンマに直面することとなった。今まで通りの環境対策を進めていくことが中国経済を大きく利するという可能性が高くなったことである。化石燃料から脱却し太陽光発電にシフトしなければいけないとすると、世界の太陽光発電パネルの8割を生産している中国からモノを買わなければいけなくなる。脱カーボンを進めれば進めるほど、中国に対する供給依存が強まる。

 また、これまで安全性という点から、脱原発が先進国の中で大きな流れとなってきた。フランスを除き各国は、原発依存を大きく下げてきているが、この脱原発の流れに反して依然として積極的に原発を作り続けているのが中国である。その結果、中国が世界の原子力発電建設において圧倒的なシェアを持つようになり、中国は新興国に原発を売り込もうとしている。

EV化で世界最強のエコシステムを構築しつつある中国

 加えて急速に進行しているEV化によって、大きく恩恵を受けそうなのが中国の自動車メーカーである。中国はEVが主流になるということを見越し、いち早く電気自動車に補助金を与え、世界で最も積極的に電気自動車の普及を進めてきた。その結果、テスラを除いて世界の主要EVメーカーのほとんどを中国が占めるようになっている。

 中国はアセアン諸国に対して大規模な電気自動車の輸出攻勢をかけている。2023年第1四半期において、中国が日本を抜き世界最大の自動車輸出国になった。この輸出急増は欧米からの輸入を絶たれたロシア向けが3倍増と増加したためでもあるが、中国がEV輸出大国になりつつあることも見過ごせない。

 世界のEV輸出に占める中国のシェアは、2021年は25%、2022年35%となっている(IEA: 国際エネルギー機関)。上海汽車集団(SAIC)や比亜迪(BYD)などの中国企業のみならず、テスラ、BMWなど他の外国メーカーも、中国を輸出EVの製造拠点として活用し始めている。テスラの上海ギガファクトリーでは2022年の生産台数は71万台に上っている。VWはまた、約10億ユーロ(約1470億円)を投じて中国にEV開発・調達センターを建設することを発表した。今やEV生産において初期投資の累積額が中国に集中し、EVのエコシステムが充実していることが背景にある。

 こうしたEV化における中国の規模のメリットに対して、日独米の自動車メーカーは大きく遅れを取ってしまうという可能性が出てくる。中国はなぜ電気自動車でそれほど競争力を強めることができたかというと、政府の先を見越した補助金がEV初期の需要創造に効果があったからだ。2011年設立の中国のバッテリーメーカーCATL(TDKの技術をベースとして作られた企業)が急速にシェアを高め、今や世界最大のメーカーになったのも中国政府の外資排除や補助金などの巧みな規制と産業政策が寄与したからだ。

(つづく)

(後)

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