2024年11月24日( 日 )

「戦わずして勝つ」の外交戦略の中国に落とし穴はないのか(3)

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副島国家戦略研究所 中田 安彦

china 中国は、地政学をどのように捉えているのだろうか。中国には北京大学や復旦大学、清華大学にさまざまな国際関係研究所が存在する。アメリカで学んだ学者たちがそこで研究しており、当然のことながら、国際関係理論についても本場のアメリカ人の学生以上に習熟しているだろう。何しろ中国は、古代の諸子百家の思想家の時代から、中国大陸の群雄割拠を生き残るための戦略論のメッカであったからだ。

 ここで興味深いのは、中国の古代からの戦略論と、欧米の現代の国際関係理論の違いと類似性を研究しているという、閻学通氏(えんがくつう)・清華大学国際問題研究所長だ。彼の著書は、米国のバイデン副大統領が訪中した折に副大統領専用機の機上で読んだとされる。「中国のネオコム」とも呼ばれる。ブッシュ政権でイラク戦争を主導する際の理念的支柱になった対外強硬派ネオコン(ネオコンサーバティブ=新保守主義派)になぞらえ、ネオコム(ネオコミュニスト=新共産主義者)と呼ぶようだ。しかし、実際のところ、閻教授は、共産主義者というよりは強いナショナリストである。欧米型の自由と民主主義と対比した、階層型の中華秩序の利点を説く立場である。

 中国の地政学という観点で言えば、王缉思・北京大学国際関係学院院長が重要で、AIIBと表裏一体となっている、中国の陸と海の新シルクロード構想である「一帯一路」(2014年に習近平が提唱)構想の理論的土台となった「西進」“March Westwards”を提唱した人物だ。
 この戦略は、米国が大西洋岸から太平洋に進出していったように、中国もこれまで胡錦濤政権で進めてきた西部大開発を踏まえ、さらに中国の西域の国々との経済連携を強めるべきだというもので、アメリカのオバマ政権が打ち出した「アジアへの回帰」(リバランス政策)に対する対応と米国では認識されている。つまり、ユーラシア各国との友好関係を深めることで、中東政策(大西洋戦略)から軸足を太平洋に回帰してきた米国に対して、戦略的縦深性を強化するということでもある。西の国境で揉め事がなければ、東の南シナ海や東シナ海の核心的利益を守るためにリソースを注力できるという発想だろう。アメリカの戦略家、ズビグニュー・ブレジンスキー国家安全保障担当補佐官は、主にユーラシアの大国としてはロシアの脅威を前提にして、どうやって「ユーラシアというチェス盤」のグレートゲームでアメリカが勝利するか、という議論をしてきたが、今や中国への対応では米とイギリス・欧州では温度差が見られる。マッキンダーやスパイクマンは、ユーラシア大陸が1つの勢力としてまとまらないように、「分断して管理」するという戦略をシーパワー国家の定石として提案したが、王缉思教授のような中国の戦略論は、どちらかと言えば経済圏の拡大という点では、ドイツ型のハウスホーファーを意識したものだろう。

 マッキンダーの祖国であるイギリスが経済的利益から、大陸国家の封じ込めに動いていないのはどういうことだろうか。もともとイギリスは大陸国家としてロシア帝国を想定していた。ロシアの海洋進出はイギリスにとってシーレーンの脅威になるからで、一方、中国とは香港の関係もあるし、もともと領土を脅かされているわけでもない商売相手だから対立する必要もないという考えだろう。イギリスの中国大使が英紙の「フィナンシャルタイムズ」に今年の5月、「我々はマッキンダーのような地政学的な意図で一帯一路を推進しているわけではない」と書いて寄稿したことは日本では報じられなかったが、これは中国の「イギリス掌握宣言」だったかもしれない。

 ただ、21世紀に復活した米・中とその周辺の大国外交は地政学的発想に基づいてはいるものの、それを経済的な競争に移し替えて展開しているとも見ることができる。もちろん、その経済的なゲームのキープレイヤーになるには、経済力だけでは不足で、軍事力の裏付けが必要だ。だから、地政学的なプレイヤーになることのできる大国は、いわば米、ロシア、中国などの核兵器を持っている国々で、日本は米国の従属国に過ぎないのでプレイヤーですらない。そのように見せようとしている勢力がいるのは否定しないが…。だから地政学や国際関係理論では、日本というのは大国の行動原理とは違ったものが求められる。このあたりを理解しておかないと、大国だとおだてられて日本はアメリカの肩代わりをさせられるだけにもなりかねない。

(つづく)

<プロフィール>
nakata中田 安彦(なかた・やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。

 
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