2024年12月22日( 日 )

【経済事件簿】給与不払いは氷山の一角 被害者が続々告発 収奪経営者の怪物性

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 福祉事業を手がける(同)緑風会(北九州市戸畑区)とその代表が今年5月、従業員に対する給与未払いで書類送検された。これを機に、代表が抱える金銭問題や訴訟について、次々と告発が寄せられている。パワハラや別法人での違法行為も明らかになるなかで「これ以上被害者を増やせない」と告発者たちは危機感を募らせている。

元従業員が貸付金めぐり提訴

緑風会が運営するサービス付高齢者向け住宅
緑風会が運営するサービス付高齢者向け住宅

    (同)緑風会の元社員K氏は代表の渡邊緑氏に対し貸付金300万円の返還を求める訴訟を起こしている。「書類を見て信用してしまった」と悔いるのは、渡邊氏が示した約2,300万円が交付される予定の助成金決定通知書を信用したからだ。K氏は早くから緑風会が資金繰りに窮していることを感じており、「この入金があればすぐに返せる」という渡邊氏の力になればと借用書すら交わさず貸し付けた。

 渡邊氏は緑風会とは別に(福)緑和会(北九州市戸畑区)の理事長を務め2つの法人で福祉事業を行ってきた。双方の人手不足は深刻でK氏は緑風会から緑和会への転籍や復帰、双方の事業の掛け持ちなどで昼夜を問わず働いた。すぐに回収できると思ったが、余裕を見て返済期日を1カ月後とした。しかしその後、渡邊氏から弁済の話が出ることはなかった。

助成金決定通知書

 4年間放置された後、ついに渡邊氏にSNSで問い合わせる。渡邊氏の返答は別件のみで貸金には触れられていなかった。K氏は渡邊氏に返金の意思がないことを確信し、昨年10月に提訴に踏み切った。借用書はないが銀行の振込履歴を証拠として提出。勝訴を確信しており早期の決着を望んでいる。

 渡邊氏はこの訴訟に代理人をつけず本人訴訟で争っている。裁判資料によると渡邊氏は借金そのものを否定し、逆に緑和会がK氏に貸付金があると主張をしている。ただし借用書など貸付を示す証拠は提示していない。K氏が提示した振込履歴については自身の手元に通帳がないことから「確認できない」とし、「入金があったとすれば貸付金450万円の弁済金の一部」と論じている。K氏は「時間稼ぎ目的の支離滅裂な反論にはうんざりする」と思うように進展しないことにいら立ちを募らせている。

材料の使いまわしで、担保提供を依頼

 渡邊氏の借金の手法は複数におよぶ。K氏から300万円借りた直後の18年10月、県外の知人A氏に500万円の借金を依頼する。これはA氏家族の反対などにより不調に終わった。すると「担保があればいい」と目先を変えてA氏を説得。結果的にA氏の友人J氏から所有不動産を担保提供してもらうことに成功する。ここでも先述の助成金の決定通知書を説得材料にしている。A氏とJ氏に「国の財政難で入金が遅れているがすぐに入って来る」といった説明をしている。

 この助成金は一括で支払われるのでなく毎月分割で支払われる性質のものだが、関係者によるとこの時期すでに助成金が支払われていた可能性がある。後にこの事実を知ったA氏とJ氏、そしてK氏は共同で詐欺での告訴も視野に入れ警察にも相談したが、現状は告訴状の受理に至っていない。

 渡邊氏はJ氏への担保提供依頼に際し、融資額の一部をA氏が立ち上げる事業の起業資金に充てる計画を提案しJ氏に決断を促している。J氏の担保提供で融資を受けた緑風会がその一部をA氏の事業に貸し付けるスキームだ。J氏はA氏のサポートになればと担保の提供を決意。わざわざ緑風会の業務執行社員(株式会社の役員相当)に就任することにも同意して借入実現に尽力している。こうして18年11月と19年1月、緑風会に対してそれぞれ1,000万円ずつの銀行融資が実行された。

 その後は目立った動きはなかったが今年3月、融資を受けた銀行からJ氏に銀行から返済が停滞しているという通達がくる。慌てたJ氏は渡邊氏にコンタクトを図るが、電話やメールで応答することはなかった。J氏は何とか業務執行役員の籍を抜くことはできたが、提供した不動産が銀行の手に渡るまでの残された時間は少なくなっている。

 ちなみに先述A氏の新規事業でも渡邊氏とトラブルになった。18年12月に合同会社として設立され、渡邊氏が代表社員に就いていた。21年に渡邊氏が代表を退きA氏親族がそれに替わっているが、渡邊氏は地位確認や損害賠償を求めて提訴。その後A氏側が解決金を払うことで和解している。

元社員・業務上のストレスで適応障害

診断書
診断書

    19年2月、緑和会に入社した事務職のR氏は同年11月に渡邊氏の代わりに市税事務所を訪れる。詳細を聞かされぬまま訪問すると、市職員から緑風会に多額の市税滞納があることを聞かされる。渡邊氏は市との約束を守らず連絡も取れないため銀行口座差し押さえの準備に入る通告だった。R氏は驚きつつも資金繰表や返済計画の作成を確約し口座差し押さえを回避する。以降R氏は社会保険事務所やリース会社など支払遅延先への弁明役を担わされるようになる。

 渡邊氏から根拠なき返済計画の説明を強いられるなかでR氏は次第に体調に変調をきたすようになる。「会社で食事が喉を通らなくなり嘔吐やめまい、耳が聞こえないこともあった」(R氏)。この間、渡邊氏の社員へのぞんざいな扱いに嫌気がさし20年春に退職を検討したが渡邊氏の態度が軟化したこともあり入所者や職員のために働き続けようと試みる。

 しかし、同年9月、R氏にとって忘れがたい事件が起きた。大雨予報により交通機関が軒並み計画運休を決めるなか、職員らは翌日の休業に向け準備を進めていると渡邊氏は「勝手なことをするな。1日休めば役所からいくらもらえないのかわかっているのか」と従業員らに言い放ったという。同年12月に退職したが、渡邊氏から身に覚えのないことで電話があり罵倒された。こうした経緯もありR氏の症状は退職後にむしろ悪化し、21年1月から3月はほぼ寝たきりの状態となった。5月、ついに運転中に停車中の自動車への衝突事故を起こす。

 その後渡邊氏との連絡が完全になくなったことでR氏の体調は次第に回復し現在は新たな道を歩んでいる。R氏は在職中や退職時に事態の改善を図るべく渡邊氏の行為や緑風会、緑和会の内情について北九州市への告発を行ってきた。「福祉を食い物にするのは許せない。業界から、そして北九州市から出て行って欲しい」とR氏は言葉を強めている。

従業員から集団訴訟 社福理事長を解任

    社会福祉法人が運営する企業内保育園で保育士として勤務していたGは現場でやりがいを感じていた。時折給与が遅れることはあったが比較的早期に入金があり、本部が深刻な資金難に陥っていることは知らなかった。ところが22年8月分以降3カ月分の給与が支払われなかった。このころにはほかの従業員への賃金未払いも顕在化している。8月と9月に従業員説明会を開催するが渡邊氏は業務に関わっていない先述J氏への責任転嫁などに終始している。Gは12月、他の従業員7人とともに未払い賃金の支払いを求めて集団訴訟を起こし今年2月に4回の分割払いすることで和解した。同月20日に1回目の支払いがなされるが、緑和会の組織が激変する。渡邊氏が緑和会の理事長を解任されていたのだ。

 22年10月、緑和会の監事が実施した臨時監査で先述の給与未払いや社会保険料の滞納、監督官庁の許可なき不動産取引などが明らかになっている。また、11月に北九州市が実施した随時監査でもこれらに加え社会福祉法人から渡邊氏への貸付金が明らかになった。理事会は以後の運営について協議。メンバーのなかには緑和会の清算を主張する意見もあったようだが、利用者や従業員のために存続すべきと判断。今年2月開催された理事会、評議員会で渡邊氏は解任された。一部理事の人脈をたどり新しい理事長を迎えた。4月、新理事長の立替えでGらの給与は支払われた。

 渡邊氏はデータ・マックスの取材に対し「監事が主導しほかの理事と結託して社会福祉法人を乗っ取った」と主張している。これに対し監事のH氏は「そもそも臨時監査は北九州市からの情報提供で始まった話」と振り返る。H氏の職場に連絡してきた北九州市職員は理事会で伝えたいことがあるという。急遽の招集された会に集まった役員は理事1名と監事2名。定足数に不足していたことで理事懇談会というかたちがとられた。そこで市から社会福祉法人の給与未払いなどを知らされることとなった。そして「この事実を知ったうえで事態を放置すると理事も損害賠償の責に問われる可能性がある」との指摘を受けた。H氏は慌てて臨時監査を実施したという流れを説明し、乗っ取り説を真っ向から否定している。ほかの理事には元北九州市議や緑風会の元顧問弁護士などが就いていたが、いずれも乗っ取り説を否定。元顧問弁護士は「違法行為をする組織の顧問はできない」として、顧問も辞任している。

 今年4月28日、新しい理事長を迎えた緑和会は緑風会と渡邊緑氏に対し訴訟を提起している。緑風会は所有施設不動産を緑和会へ売却し、売買代金の支払いも完了している。しかし、所有権の移転登記の手続きがなされていないのだ。緑和会はこの登記手続きに加え、貸付金の返金なども求めている。

 一方渡邊氏は緑和会から提訴された翌日、新緑和会に対し訴訟を提起している。先の理事長解任決議の取り消しと報酬月額60万円を求めるものだ。社会福祉法人の解任事由は(1)職務上の義務に違反し、または職務を怠ったとき、(2)心身の故障のため、職務の執行支障があり、またはこれに堪えないときとされる。渡邊氏はいずれもあたらないという主張を展開している。

 2月に就任した新しい理事長は移転登記をめぐる訴訟を提起したことについて、「弁護士を通じて連絡を取り合っていたが、無視して放置するので裁判に至った」と説明。理事長解任の決議については「自分は決議に加わっておらず詳細は不知だが、決議内容を見る限り正規の手続きが踏まれている。もっと早めに解任していれば被害を抑制できたのでないか」とコメントしている。北九州市が理事、監事に働きかけたことで社会福祉法人については理事長を解任され、未払い給与についてはひとまず解消された。北九州市は「市に捜査権はなく社会福祉法人は善意が前提」として簡単に動けないことを説明するが、市に告発を行ってきたK氏やR氏は「もっと早期に動いてくれれば……」と唇を噛み行政や新緑和会による刑事告訴に期待を寄せる。

 2つの訴訟は始まったばかりで推移を見守る必要があるが、経営能力のないトップが立場に固執したことで被害が拡大したことは間違いない。

時系列

【鹿島 譲二】