2024年12月24日( 火 )

建設業の人手不足問題 そのメカニズムと解決の糸口(後)

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政府の施策~「担い手3法」

 多重下請による分業体制はこのように、労働環境の悪化をもたらし労働力不足問題を生み出した。これを放置すれば、建築物のクオリティを低下させ、国民生活の安全を脅かすことになりかねない。この認識の下、国もようやく近年、具体的な対策を打ち出すようになったのは周知の通りである。

 14年、品確法と建設業法・入契法を一体として改正(「担い手3法」)された。公共工事について、発注者に適切な予定価格、低入札価格調査基準や最低制限価格の設定の責務があることを明記するとともに、公共工事の入札の際の入札金額の内訳の提出を義務づける、施工体制台帳の作成・提出義務を小規模工事にも拡大するなどした。こうしてダンピングや中間搾取目当ての業者を排除し、未来の担い手の確保・育成のために必要な利潤を確保しようという目論見だ。

 5年後の19年にはこれを再び改正(「新・担い手3法」)し、不正な長時間労働を引き起こす「工期ダンピング」の封じ込めを図る。すなわち、著しく短い期間を工期とする請負契約の締結を禁じ、違反した場合の措置も定めたのである。中央建設業審議会が工期の基準を作成し、その実施を勧告できるようにもした。さらには、下請に支払う労務費を現金払いとすることや、建設業の許可・更新の際に社会保険加入を要件化するなど、現場の処遇改善を目指した規定も盛り込まれた。「建設キャリアアップシステム」(CCUS)もスタートさせた。技能者1人ひとりの技能が正当に評価され、処遇の向上につなげるための仕組みだ。

 こうした取り組みを通じて、建設業が3Kの悪印象を払拭し、若い世代が生涯を通じて従事したいと思える産業になれば結構なことだが、はたしてうまくいくだろうか。

根本解決につながるのか

 たとえば、社会保険加入の義務化は、たしかに保険加入率の上昇をもたらした【図6】。だが、繰り返すように、これはそもそも、保険料負担が競争力を低下させるからこそ起こった問題だ。国の施策は、この因果関係に手をつけぬまま、厳しい罰則をもって、下請業者に法定福利費の負担を強いたにほかならない。このことは、中小下請業者や一人親方のようなフリーランスを、ますます窮地に陥らせる。

【図6】
【図6】3保険加入状況(労働者  元請・下請次数別)各年度10月時点
(国交省「公共事業労務費調査」より筆者作成)

 最たるものが、目前に控えている罰則付き時間外労働規制である。働き方改革の一環として19年4月に労働基準法が改正され、時間外労働は原則として1カ月45時間・年間360時間までとされた。臨時的な特別の事情があり、なおかつ労使が合意するときはこれを超えても良いとされるが、それも年720時間以内、月100時間が上限である。これがいよいよ来年4月から、建設業にも適用されるのだ。

 「長時間労働の解消」という目標それ自体は達成されるかもしれないが、ただでさえ少ない労働力でやりくりしているところへ、さらに1人あたりの仕事量を減らさなければペナルティを課すというのは、あまりな仕打ちとはいえまいか。

 事業を継続するために、各業者は待遇の大幅改善などを通じて人材を増やすしかないが、資金力のある大手や中堅ならいざ知らず、多重下請の搾取構造に組み込まれてきた中小企業に、一体どれだけのことができようか。追い打ちをかけるように、インボイス制度の導入である。結局のところ、自己責任論に基づく「淘汰」という話に行きつくのではないかと思えてならない。

「協働」で淘汰の圧力を撥ね返せ

 建設需要に対して業者の数が多すぎるという論、構造改革の時代に吹き荒れたこの論は、いまだ日本社会に根強くある。デービッド・アトキンソンのような外国人までもが、物知り顔に中小企業の淘汰と再編を叫んではばからない。

 日本経済を支えているのは中小企業である。とくに建設業は、土地、地域と一体である。地域をよく知る地元中小企業が手がけてこそ、国民生活の安全は守られる。彼らの事業を存続させ、建設産業の再生に参与させるためには、労働環境の悪化を引き起こした業界構造そのものに、それこそ「構造改革」を施さねばならないのではないか。

 これについては、すでに2000年代から問題提起されてきた。日本建設連合会(以下、日建連)は09年の「建設技能者の人材確保・育成に関する提言」のなかで、下請発注は「原則2次(設備工事は3次)以内」の目標を掲げてきたし、独自に下請次数制限に取り組んできた地方自治体もある【図7】。このような動きを受けて、国も昨年、ようやく重い腰を上げた(「持続可能な建設業に向けた環境整備検討会」)。

【図7】
【図7】地方公共団体における下請次数制限の取組
(出典:国交省資料)

 日建連も指摘するように、下請次数を減らしさえすれば、すべての問題が解決する、というわけではない。むしろそれは、個別の問題に講じられる対策が奏功するための、前提をなすのであり、かつ、下請重層化の過程で内面化されていった収奪の論理をこそ、解体するものでなければならない。そしてそれは、エリート根性の染みついた国や大企業にはなし得ないことだ。

 中小下請企業は今、限られたリソースの有効活用を迫られている。その際、IT技術の活用などを通じた業務の効率化も必要だが、それにもまして、業者間・労使間の「協働」意識を高めることで、いかに生産性向上に結びつけることができるかが、経営者には問われているのだ。

 日本人の若者にせよ外国人労働者にせよ、彼らを単なる安い労働力として使い捨てるのではなく、ともに働く仲間として育てていく姿勢が、閉塞感に覆われた日本経済に風穴を開ける契機となるのではないだろうか。「底辺への競争」という、地獄のような状況を脱することができるか否かは、まさに国や大企業ではなく、地元中小企業の肩にかかっている。

(了)

【黒川 晶】

(中)

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