南阿蘇鉄道の全線復旧と今後の課題(前)
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運輸評論家 堀内 重人
南阿蘇鉄道(株)は1986年4月の第三セクター鉄道への移行以来、観光客の誘致に力を入れてきた。ところが、2016年4月14日に発生した熊本大地震で甚大な被害を受け、全線で運休となってしまった。比較的被害が小さかった区間は同年7月31日から運転が再開されたが、立野~中松間はトンネルの崩落や橋梁の流出など被害が甚大であったことから、一時期は廃線も取りざたされた。その後、同社は国土交通省から「鉄道事業再構築事業」の認定を受けて列車の運行を担う第二種鉄道事業者となり、インフラは南阿蘇鉄道管理機構が所有して、公有民営の上下分離経営を実施するかたちで2023年7月15日から全線で運行が再開された。
南阿蘇鉄道の概要
南阿蘇鉄道は、1981年に「特定地方交通線」(第一次廃線対象)に指定された旧国鉄・高森線を鉄道として存続させるため、沿線自治体である南阿蘇村や高森町などが出資して85年に設立、翌86年4月1日に第三セクター鉄道として開業した鉄道会社である。
路線としては、起点の立野駅は阿蘇山の外輪山の切れ目にあってJRの豊肥本線と接続。立野を発車すると、南の外輪山に挟まれた南郷谷を白川に沿って東に進み、終点の高森に至る。高森を除く全駅が南阿蘇村に属している。
輸送密度の低い赤字ローカル線を引き継いだことから、経営環境は厳しいことは設立当初から予想されていた。そこで、開業まもない86年7月26日からトロッコ列車「ゆうすげ号」の運行を開始するなど、観光客の誘致に力を入れてきた。2008年3月20日から3月22日まで、線路と道路の両方を走行できるDMV(デュアル・モード・ビークル)を導入し、南阿蘇鉄道から離れた各名所へ観光客を輸送するための実証運行が実施されたこともある。
たしかに南阿蘇鉄道とその沿線は豊かな観光資源に恵まれている。立野~長陽間にある立野橋梁は九州では珍しいトレッスル橋。2010年7月に山陰本線の旧余部橋梁が供用を停止してからは、鉄道用トレッスル橋としては日本最長となる長さ136.8mの威容を誇る。また、同区間にある第一白川橋梁は高さが64.5mあり、完成した当時は水面からの高さが日本一であった。通過中の車窓からの眺めは絶品で、乗客にこれをゆっくり楽しんでもらうために運転士が徐行運転を実施したりする。かつて存在していた高千穂鉄道が高千穂橋梁を通過する際に実施していたこともある、まことに粋なサービスだ。
この路線はまた、2020年3月まで日本一長い駅名だった「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」があることでも知られる。同駅の傍には飲食店や喫茶店もある。長い駅名といえば「阿蘇下田城ふれあい温泉駅」もあり、以前は駅舎内で温泉施設の営業も行われていた。「以前」というのは、2016年4月の熊本大震災で被災したために、営業続行を断念せざるを得なくなったからである。なお、2023年7月15日に全線で運行が再開された際、同駅は「阿蘇下田城駅」に改称されている。
熊本大震災では立野~中松間の被害が特にひどく、復旧まで7年以上も要することになるが、2023年3月10日、全線運転再開に向けて国土交通省から「鉄道事業再構築事業」の認定を受けた。これに認定されると「公有民営」の上下分離経営の実施が可能となる。
実際、従来の南阿蘇鉄道は、第一種鉄道事業者としてインフラ保有と列車運行の両方を担っていたが、「鉄道事業再構築事業」認定を機に同年4月1日から旅客運送を担う第二種鉄道事業者となった。同時に、(一社)南阿蘇鉄道管理機構がインフラを保有する第三種鉄道事業者となり、「公有民営」の上下分離経営が実現している。
第二種鉄道事業者への移行にともない、南阿蘇鉄道は運賃やトロッコ列車などの料金について新たに国土交通省へ申請を行った。そして2023年7月15日、立野~中松間で運転が再開され、南阿蘇鉄道は実に7年ぶりに全線復旧をみたのだった。1日当たり2往復ではあるが、JR豊肥本線の肥後大津までの乗り入れ運行も開始した。肥後大津からは熊本空港へ向けたアクセス鉄道が計画されている。これが開業したあかつきには、南阿蘇鉄道はさらなる観光客を見込める。また、従来自家用車で熊本空港へ出掛けていた人が鉄道へモーダルシフトすることも期待できる。
かつて高森駅近くに、高千穂へ至る鉄道が計画されたことがあった。その際、トンネル工事中に異常出水が発生し、工事続行を断念せざるを得なくなった高森トンネルは、現在高森湧水トンネル公園として整備され、観光名所のひとつになっている。
2016年熊本地震による被災と運行の再開
南阿蘇鉄道は2016年4月に発生した熊本地震で被害を受け、全線で不通となった。国土交通省が行った復旧調査によると、立野から次の長陽間の被害がとりわけ甚大であり、第一白川橋梁、犀角山トンネル、戸下トンネル、立野橋梁が被災した。被害を受けた地点だけでなく、全線で復旧させるとなれば、最低でも5年の期間と65〜70億円の費用を要するとされた。
これほどの費用を負担できるだけの経営体力は南阿蘇鉄道にはない。そこで、熊本県や沿線自治体で構成する「南阿蘇鉄道再生協議会」が組織され、全線復旧の方向で検討が重ねられるはこびになった。まずは被害が比較的少なかった中松~高森間で、2016年7月31日、日中のみではあるが運行が再開された。
(つづく)
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