2024年10月04日( 金 )

IAEA報告は海洋放出を承認していない 中国を「非科学的」と断じる日本の傲慢(後)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

共同通信客員論説委員 岡田 充 氏

 日本ビジネスインテリジェンス協会より、共同通信で台北支局長、編集委員、論説委員などを歴任し、現在は客員論説委員を務める岡田充氏による、汚染水海洋排出をめぐる日中関係に関する論考(海峡両岸論153号)を提供していただいたので共有する。

社会的合意ない放出

 原子力に依存しない社会の実現を目指す認定NPO「原子力資料情報室」は、7月6日の声明で以下のように指摘している。

(1)IAEAの安全審査の範囲には、日本政府がたどった正当化プロセスの詳細に関する評価は含まれていない。
(2)海洋放出は廃炉作業のみに適用される利益であり、漁業や観光業、住民の生活、海外への影響も含めた社会全体としての利益をもたらすものではない。
(3)社会的合意がないことは全漁連、福島県漁連の放出反対の決議や、太平洋沿岸諸国から懸念が上がっていることからも明らか。国際基準の基本原則にのっとれば海洋放出は正当化されない。

中国報道の欠陥の反映

 自民党の茂木敏充幹事長は7月25日の記者会見で、海洋放出を批判する中国について、「科学的根拠に基づいた議論を行うよう強く求めたい。中国で放出されている処理水の濃度はさらに高い」と反論した。

 茂木氏の主張には、溶け落ちた原発の炉心に直接接触した汚染水を処理した水を史上初めて海洋に放出する事実を無視し、放射性物質の含まれる濃度の問題にすり替えているようにみえる。

 市民団体からは「タンク貯蔵水の7割近くには、トリチウム以外の放射性核種が全体としての放出濃度基準を上回って残存している」という指摘もある。これまでみてきたように、 中国の主張を「非科学的」と決めつけること自体が、非科学的なのだ。

 政府・与党が中国の批判を「目の敵」のようにあげつらうのは、対中感情が悪化する日本世論の現状を利用して、中国の反対を世論の力で押し切れると判断しているからではないか。だが中国批判なら、根拠が薄くあるいはウソで固めても「書き得」(書いたメディアの勝ち)という、メディアで横行する悪習を絶たないと、メディアは信頼性を失う一方だ。中国の海洋放出批判に感情的に反発するメディア姿勢は、メディアが陥っている中国報道の欠陥の反映だ。

放出は100年にも 世界の非難浴びる

 IAEA報告書は海洋放出以外の選択肢については一切触れていない。それは、それ以外の選択肢についてIAEAに判断を求めていないからだ。専門家からは「大型堅牢タンクでの保管」や「モルタル固化」などの選択肢が以前から提示されている。

 政府と東電が海洋放出にこだわるのは「安く、手っ取り早いから」とされる(科学ジャーナリスト・田中三彦氏)。この記事によると、経産省が2016年段階で試算した海洋放出のコストは、期間91カ月で約34億円。蒸発方式340億円(115カ月)、地下埋設処分の2,431億円と比べ、確かにコストパフォーマンスが良いのがわかる。

 東電が22年11月に発表したプレスリリースによると、海洋放出コストはその後アップし、21~24年の3年だけで417億円。これに政府が出している風評被害対策の300億円を合わせると、717億円にアップしている。

 今後の大課題は、海洋放出は開始してからも増え続ける汚染水と放射性物質の総量がどこまで膨れ上がるのか、環境への負荷が未知数という問題。肝心の燃料デブリの取り出しにはまったくメドが立っていない。1~3号機のデブリの総量は880tにも上るとされるが、試験採取ですら2度も失敗。デブリを取り出させず、地下水流入も止まらなければ、汚染水は永遠に増え続ける。そこから類推すると、海洋放出は100年の単位で続くと予想する専門家もいる。

 日本は世界初の海洋放出を強行した国として世界の非難を浴びるだろう。自国の原発から出た放射性物質は自国内で処分するのが原則だ。政府と東電は海洋放出に固執せず、国内での長期貯蔵にかじを切るべきだ。

 日本政府はバイデン政権登場以来、台湾問題で中国を軍事抑止する安保政策を最優先し、対中関係は悪化の一途をたどってきた。海洋放出で日中対立が激化するなか、日本側は先端半導体の製造装置の対中輸出規制を強化し、軍事抑止に続いて経済安保でも中国排除に動き、日中関係は「負のスパイラル」に陥りつつある。

 米国と中国は、対立が衝突に発展しないよう、ブリンケン国務長官をはじめ高官が相次いで訪中、首脳交流再開に向けた対話パイプを維持している。一方の岸田政権には、対中外交の展望とパイプが欠如していることは否めない。中国経済はいま落ち込みからの回復力が弱く、日中経済関係を強化するモチベーションは日中双方にある。「負のスパイラル」入りする前の手当が必要だ。

(了)

(中)

関連記事