2024年07月17日( 水 )

広島サミット後の国内政治 統治能力欠く政権と、自壊した立憲(中)

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政治経済学者 植草 一秀 氏

 被爆地広島でサミットが開催されたが、岸田文雄首相の思い入れによる「広島ビジョン」には「核兵器は有用な兵器である」ことが明記されるとともに、G7はウクライナへの軍事支援継続を決めた。核兵器廃絶とウクライナ戦乱収束に向けての第一歩を印し、サミット日本開催の意義を世界にアピールする絶好の機会を岸田首相は棒に振った。支持率を回復させ解散総選挙を実施する構想が存在したはずだが、サミットを頂点に内閣の再凋落が始動、気後れしたのか総選挙は先送りされた。マイナトラブル、政権内不祥事、災害対策への緩んだ対応などを背景に、岸田首相の求心力は低下の一途をたどる。日本政治刷新の必要性が高まるこの情勢下、今週以降の政治を展望する。

軍事費倍増のカラクリ

岸田首相    日本国民の生活は日を追うごとに窮迫している。日本経済の過去25年間の実勢は惨憺たるものだ。ドル表示GDPは1995年から2020年までの間に米国で3倍、中国で20倍に拡大したが、日本では0.9倍の縮小である。1996年から2022年までに日本の労働者1人あたり実質賃金は14.4%も減少。日本は世界最悪の賃金減少国に転落している。

 21年には実質賃金が小幅増加に転じたが、岸田内閣発足後は急反落し、実質賃金激減が生じている。実質賃金激減の主因はインフレの進行。日本の消費者物価上昇率は今年1月に前年同月比4.2%増を記録。6月時点でも前年同月比3.3%増であり、ついにインフレ率の日米逆転が生じた。

 米国ではインフレ抑止のために激しい勢いで金融引締め政策が実行されている。その政策が奏功して、インフレの沈静化傾向が確認されている。ところが、日本ではインフレ亢進下で日本銀行がインフレ推進政策を実行している。総裁が植田和男氏に代わり、円滑な政策修正が求められているが、対応は著しく遅滞している。

 コロナへの無意味な過剰対応を最後まで引きずったのが米国と日本。日本ではワクチン利権宗主国である米国をしのぐ過剰対応が、今年5月まで継続された。人口あたりのワクチン接種回数は日本が世界1位に躍り出ている。日本は米国を上回るワクチン利権大国に堕していたのである。

 ゼロ成長と賃金激減で苦しむ国民をさらに圧迫しているのが、税および社会保険料負担の増大だ。国民はゼロ成長、実質賃金激減、税および社会保険料負担激増の、トリプルパンチに見舞われている。財政政策運営においては庶民生活を支える対応が求められているが、現実の政策はそれに逆行している。

 岸田首相はこの情勢下で突如、軍事費を倍増する方針を示した。5年間で27兆円の軍事費を一気に43兆円に膨張させる方針を決定したのだ。22年度の国の一般会計・特別会計歳出純計における、社会保障関係費を除くすべての政策支出合計金額は34兆4,000億円だった。これが23年度に39兆8,000億円に急増した。激変をもたらしたのは軍事費(防衛費)の激増。軍事費が22年度の5兆4,000億円から10兆2,000億円に倍増されたからだ。

 公共事業、文教・科学技術振興、食料安定供給、エネルギー対策、中小企業関係など、すべての政策支出合計が約30兆円の枠に押し込められるなか、軍事費だけが5兆円から10兆円規模に一気に倍増された。その軍事費の具体的内容は一体何か。

 この点に関して、米国のバイデン大統領が「私は3度にわたり日本の指導者と会い、説得した」と口を滑らせた。岸田首相が唐突に示した軍事費倍増は、必要不可欠な費用を積み上げて提示されたものではない。岸田首相がバイデン大統領に命令され、隷従して提示したものなのだ。法外な血税投下の大半は、時代遅れの米国製軍事装備品の不良在庫一掃に充当される。バイデン大統領が岸田首相に上納金倍増を命令し、岸田氏が尻尾を振ってこれに応じたものなのだ。

統治能力の欠落

 サミットを頂点とする岸田内閣凋落が鮮明になり、内閣支持率は再び3割を割り込んだ。岸田失政は米国への上納金倍増にとどまらない。解散総選挙先送りの主因になったのは、岸田首相子息の不祥事。岸田氏は実績も経験もない素人の翔太郎氏を首相政務秘書官という重要ポストに抜擢した。翔太郎秘書官は、1月の岸田首相欧米5カ国歴訪に同行した際、現地大使館の公用車を利用して観光、買い物に明け暮れたと伝えられた。

 サミット直後には、首相公邸で昨年末に開かれた翔太郎氏を含む岸田家親族ドンチャン大忘年会を撮影した写真がメディアに暴露された。結局、岸田首相は公私混同を理由に翔太郎氏を更迭したが、本来問われるべきは、見識と常識を具えぬ子息を政務秘書官に起用した、岸田首相自身の公私混同であろう。

国民の信頼を損ねる「マイナカード」の惨状
国民の信頼を損ねる「マイナカード」の惨状

    同時に噴出したのが、マイナカード事業の惨状である。岸田内閣は不透明な利益誘導で国民にマイナカード取得を強要してきたが、破滅的現状が次々と明らかになってきている。マイナ制度への風圧が強い主因は、法律まで整備して守る必要があるとした個人情報が、厳正に管理されないことへの不安にある。

 DV事案では、個人情報の取り扱いの不適切さによって人命が失われた事例も存在する。マイナ制度を推進する政府検討会座長・庄司昌彦氏は7月2日のNHK「日曜討論」に出演した際に、マイナ制度を自動車社会に喩え、事故があっても自動車の全否定にはつながらないと述べた。しかし、一定の間違いが許される分野と一切の間違いも許されない分野とがある。

 自動車に事故はつきものかもしれないが、原発で重大事故は許されない。個人情報の取り扱いについて、法律まで制定して保護を義務付けたのも、これに重大性が存するからだ。一定の間違いを容認する基本姿勢そのものが間違っている。

 厳正な管理が必要な個人情報を厳正に取り扱う能力を保持しない政府に、マイナ事業は委ねられないとの見解が存在する。反対論者を出演させないNHK日曜討論は「やらせ討論」に過ぎず、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」を定めた放送法第4条に違反する放送番組編集といえる。

 同番組で河野太郎担当相は、「氏名、生年月日、住所、性別の4つの項目のうち、氏名、生年月日のみで照合した結果、同姓同名で生年月日も同じ個人が混同された」「端末での操作で前の利用者がログアウトしないまま次の利用者が口座情報を入力したために、前の利用者に紐付けされた」と述べたが、弁明になっていない。

 氏名と生年月日が同一の個人は多数存在する。また、入力後のログアウトがシステムに組み込まれていなければ、ログアウトせずにシステムが利用されることなど広範に発生し得る。事務フロー構築の際に必要不可欠な検討が行われず、システムが杜撰に設計されたことが発覚しただけのこと。

 わざわざデジタル庁を創設してこの醜態はあり得ない。デジタル庁トップは事務フロー構築にどのように関与したのか。河野担当相は万全なシステム構築実現のためにいかなる指示を示したのか。巨大な国費を投下している事業のすべてがあいまい。「すべてがあいマイナ事業」に名称変更すべきである。

(つづく)


<プロフィール>
植草 一秀
(うえくさ・かずひで)
政治経済学者 植草一秀 氏1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーヴァー研究所客員フェロー、野村総合研究所主席エコノミスト、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)=TRI代表取締役。金融市場の最前線でエコノミストとして活躍後、金融論・経済政策論および政治経済学の研究に移行。現在は会員制のTRIレポート『金利・為替・株価特報』を発行し、内外政治経済金融市場分析を提示。予測精度の高さで高い評価を得ている。政治ブログおよびメルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。

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