2024年12月22日( 日 )

なぜ米国はイスラエルの過剰な軍事行動を懸念するのか 陰に中ロの存在

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国際政治学者 和田 大樹

 10月7日に、パレスチナ・ガザ地区を実行支配するイスラム原理主義組織ハマスがイスラエル領内にロケット弾を発射して以降、双方の間で戦闘が激化している。それからもう1カ月となるが、イスラエル側の犠牲者数は当初から増えない一方、パレスチナ側の犠牲者は日々増加し、すでに1万人に迫ろうとしている。イスラエルとハマスの軍事力の差は歴然としており、国際社会でもイスラエル側の対応はやり過ぎだとの批判が拡大している。

 イスラエル側の地上侵攻がいつ始まるかに注目が集まっていたが、すでに一部の戦車などはガザ地区に侵入し、戦闘がエスカレートしている模様だ。極右のネタニヤフ政権はハマスを殲滅するまでは攻勢を弱めない方針を貫き、今後もさらに攻勢が強まることが懸念される。米国は当初からイスラエルの自衛の権利を支持しているが、パレスチナの悲惨な現実が顕著になってくるにつれ、その地上侵攻に対して警戒感を強めている。

 米国がイスラエルによる地上侵攻に待った!を呼び掛ける背景には、罪のない市民の犠牲を避けるため、人道物資が安定的に供給されるためといった理由がある。しかし、それだけではなく、米国には複数の警戒感があるように思われる。

 まず、イスラエル軍が本格的にガザへ地上侵攻を始めると、イランや親イランの武装勢力、アルカイダやイスラム国の反発がさらに激化し、中東では親イランの武装勢力による米国やイスラエルの権益を狙った攻撃が増え、欧米諸国ではアルカイダやイスラム国の過激思想に触発された個人によるテロの脅威がさらに高まる。

 そうなれば、米国は再びテロ問題、中東の問題に深く関与することを余儀なくされる。バイデン政権は一昨年夏、アフガニスタンから米軍を撤退させ、20年におよぶ対テロ戦争からの幕引きを図った。それにもかかわらず、今回の件で逆戻りさせられることを米国としては避けたいのだ。

 また、これに関連するが、今日のバイデン政権における外交安全保障の最優先課題は、中国との戦略的競争である。中国はイスラエル情勢については深く関与していない。また、バイデン政権は昨年2月以降、ウクライナ戦争によって対ロシアにも時間を割くことを余儀なくされており、これ以上他地域の問題に関与したくないのが本音である。

 仮にイスラエルでの戦闘がさらに激化、長期化すれば、米国はそれに関与することを迫られ、中国やロシアに政治的な隙を与える可能性もあり、米国は力の空白によって両国が行動をエスカレートさせることを警戒している。

 今日の米国に、アジア、ヨーロッパ、中東それぞれ問題に同時に力を発揮できる能力や余裕はないはずだ。今後の中東情勢がどのようにウクライナや台湾に影響を与えるかが注目される。


<プロフィール>
和田 大樹
(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
▼詳しい研究プロフィールはこちら
和田 大樹 (Daiju Wada) - マイポータル - researchmap

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