岸田首相のフィリピン、マレーシア訪問の狙い
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NetIB-Newsでは、「未来トレンド分析シリーズ」の連載でもお馴染みの国際政治経済学者の浜田和幸氏のメルマガ「浜田和幸の世界最新トレンドとビジネスチャンス」の記事を紹介する。
今回は、11月10日付の記事を紹介する。岸田首相は11月3日から5日の3日間、フィリピンとマレーシアを公式訪問。とくに、フィリピンでは日本の首相としては初めて、同国議会で演説を行いました。そのなかで南シナ海の実効支配を進める中国の動向を念頭に、日本、フィリピン、アメリカの日米比3カ国の連携強化を訴えたものです。
また、昨年末に改定した防衛3文書によって防衛装備品輸出への道が開かれたことを受け、日本は海洋国家フィリピンへの巡視船、レーダー、ドローンなど、そして東方政策に欠かせない戦略パートナーであるマレーシアへの車両等の武器輸出へも弾みを付けました。加えて、岸田首相は1977年の「福田ドクトリン」を踏まえ、新時代の日本フィリピン、日本ASEAN関係を深化させる狙いを込めて、「東アジアの安全保障は日米韓が軸となるが、南シナ海は日米比の関係が重要となる」とも指摘した。
アメリカのバイデン政権は「ウクライナ、イスラエルの次はフィリピン周辺が国際的な対立の舞台となる。アメリカとフィリピンは相互防衛条約(MDT)を結んでおり、フィリピンが他国から攻められた場合には、必ずアメリカは参戦する」と明言。アメリカはその枠組みのなかに日本も参加するよう求めており、岸田首相は前向きな姿勢を示しています。
実は、このところ、フィリピンの存在感と可能性が世界の注目を集めているのです。マルコス2世大統領の下、政治的な安定感と経済的な急成長が呼び水となり、日本企業も相次いで進出と投資を加速させています。日本商工会議所もフィリピンへ大型の投資促進調査団を派遣し、アジアのなかでも今後の飛躍が期待される新市場への参入を試み始めました。
マルコス大統領は8項目の社会経済発展計画を推進しています。そのなかでは、とくに社会の治安維持と人材育成が目玉となっており、日本政府や日本企業への期待が高まっていることはいうまでもありません。フィリピンはデジタル経済に欠かせないインフラ整備や環境に配慮したグリーン経済にも力を入れる政策を打ち出し、日本の経験や技術に対する期待が高まっているわけです。
また、フィリピンもマレーシアも「同志国」同士の軍事協力を加速する狙いで日本政府が創設した「政府安全保障能力強化支援(OSA)」の初年度の対象国に他なりません。フィリピンのマルコス大統領は対中接近を強めた前政権と違い、日米との関係強化を指向しています。その背景には、フィリピンと中国が領有権を争う南シナ海のスカボロー礁に中国が9月に障害物を設置し、両国の海上警備隊がしばしば衝突するなど、周辺海域で緊張が高まっていることも影響していることは論を待ちません。
一方、マレーシアのアンワル首相は昨年11月の就任以来、すでに2度訪中するなど、中国との関係強化に動いています。岸田首相の今回のマレーシア訪問の狙いはアンワル首相の中国寄りを軌道修正させることにあったと言っても過言ではありません。もちろん、アンワル首相は日本とも中国とも良好な関係を構築する意向であり、岸田首相との間でも経済関係の発展に向けての環境整備に前向きな姿勢を見せました。とはいえ、マレーシアと比べれば、フィリピンの積極的な対日アプローチが目立ったものです。
その背景には、マレーシアと違い、フィリピンは中国との緊張関係へ神経を尖らせており、日本やアメリカとの安全保障面での連携が欠かせない状況に置かれているからです。去る10月2日、フィリピンとアメリカはフィリピン周辺の海域で合同軍事訓練を実施しました。日本の海上自衛隊も参加したばかりです。この演習にはイギリスやカナダも合流。
こうした軍同士の関係強化の流れを受け、フィリピン国防省では岸田首相のマニラ訪問なかに、日本との間で「軍事相互訪問協定(VFA)」や「円滑化協定(RAA)」の合意にこぎ着けようと必死でした。日本はRAAをオーストラリア、英国と交わしており、フィリピンが3カ国目となります。この協定が結ばれるのは、ASEAN加盟国では初のことで、日本フィリピン両国の軍人の相互訪問や訓練がスムーズに実施されることになるはずです。
実は、フィリピン沿岸警備隊は昨年、円借款で2隻の巡視船(全長97m)を建造し、引き渡しも行われたところ。さらに、新たに大型巡視船5隻の追加供与の話が進行中。フィリピン沿岸警備隊は多数の大型艦船を展開する中国海警局に圧倒されているため、日本からの支援を受け、態勢の立て直しを図ろうとしています。海上警備力の向上を目指して、フィリピンは「ホライゾン3」計画を進めていますが、これはフィリピン空軍が対潜水艦用ヘリコプターを増強し、西フィリピン海域での違法な操業を監視するもの。
こうしたフィリピンの対中抑止戦略には、アメリカのみならず、韓国やフランスも共同歩調を取ることを表明しています。改めて、日本の調整力と企業サイドからの支援策が必要とされる所以です。岸田首相はフィリピンが目指す「2025年までに中流経済国家入り」を実現するため、6,000億円のODA提供も約束しました。
フィリピンは前政権時代に中国との間で3本の高速鉄道建設計画に合意しましたが、工事が一向に進まなかったため、マルコス大統領は、これらの計画を白紙に戻し、ドイツと日本からの技術協力を得る方向に舵を切りました。加えて、南シナ海に眠る石油や天然ガス油田の開発にも日本の技術と資金を得たいと希望しています。今後は日本とフィリピンの関係強化が加速することになりそうです。
次号「第363回」もどうぞお楽しみに!
著者:浜田和幸
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