2024年12月22日( 日 )

USスチールの買収に動く日本製鉄:勝算は?

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 NetIB-Newsでは、「未来トレンド分析シリーズ」の連載でもお馴染みの国際政治経済学者の浜田和幸氏のメルマガ「浜田和幸の世界最新トレンドとビジネスチャンス」の記事を紹介する。
 今回は、12月15日付の記事を紹介する。

 日本製鉄は日本最大の鉄鋼メーカーです。実は小生の古巣でもあります。

 新日本製鉄と呼ばれていたころ、小生はこの新日鉄の中国進出プロジェクトである「宝山製鉄所」への技術移転に関わったものです。上海の宝山製鉄所から300人ほどの作業長や工場長を広畑と君津にある新日鉄の工場で受け入れ、日本式の製鉄技術や工場管理ノウハウを伝授する仕事を担当しました。

 1975年頃のことです。そのころは「鉄は国家なり」と言われ、経済の基盤を支える鉄鋼産業は正に「時代の寵児」扱いを受けていました。

 新入社員教育においては、先輩たちから「明日の日経新聞の一面を飾るのは我々だ」と、発破をかけられたものです。稲山会長や藤井副会長からも「これからの成長が期待される中国に日本の技術で協力する使命がある」と訓示を受けたことがいまだに忘れられません。

 とはいえ、対中協力を発表すると、日本の右翼団体が大挙して押しかけ、「中国に日本の技術を奪われる。中国人を追い返せ」と大音量の街宣車で会社の周りを取り囲まれました。

 すると、当時の上司からは「君たちは身体を張って、中国の技術者を守れ」と指示が飛んできたもので、連日、緊張感をもって会社に出かけたものです。

 今から思い返せば、隔世の感があります。というのも、日本からの技術移転のおかげで、中国は今では世界最大の鉄鋼生産大国に上り詰めたからです。現在、日本の鉄鋼生産量は中国、インドに次ぎ、世界第3位になってしまいました。第4位がアメリカという序列です。

 そんな旧新日鉄、現日本製鉄がアメリカ最大の鉄鋼メーカーであるUSスチールを買収する計画を発表しました。しかも総額2兆円(140億ドル)の買収金額を全額キャッシュで支払うとのこと。

 実は、USスチールはアメリカの同業ライバル社であるクリーブランド・クリフからも買収提案を受けていましたが、その金額は72.5億ドルでした。USスチールはすでにこの買収提案を拒否したばかり。

 その倍額を提示したのが日本製鉄です。この買収提案を裏で差配し、日本製鉄の側で動いているのがアメリカのシティ銀行であり、USスチール側で動いているのがバークレー・キャピタル、ゴールドマンサックス、エバーコアの3社連合に他なりません。

 今回の買収提案のニュースを受け、USスチールの株価は急上昇を遂げています。買収が成功すれば、日米合弁企業としては前例のない大規模なものとなるはず。

 とはいえ、課題もあります。なぜなら、85万人の労働者が加入する全米鉄鋼労組(USW)が、この買収提案に反対する方針を打ち出したからです。USWによれば「従業員の懸念を押しのけたかたちでの、外資(日本製鉄)による買収はアメリカの安全保障を揺るがし、アメリカ人労働者の雇用を脅かす」とのこと。

 要は、「労働組合への事前の説明もなく、労使契約が全面的に守られるか疑わし」というわけです。アメリカ企業による買収ならいざ知らず、日本企業による買収には賛成できないとの主張を展開しています。

 さらにいえば、来年の大統領選挙を控えるバイデン大統領にとって、労働組合は重要な支持基盤です。そうした組合の意向を無視すれば、自らの再選が危うくなる可能性もあります。であれば、連邦取引委員会や司法省を動かし、独占禁止法を縦に、大企業同士の買収に待ったをかけることも想定されるでしょう。

 日本製鉄の橋本社長は、USWの反対声明に関し、「丁寧な対話を重ねれば、必ず理解が得られる。新たな時代のグローバルネットワークを完成させ、日本の成長力を取り戻す」と、買収成立に自信を見せています。

 はたして、今後の交渉はどうなるのか。来年の第2四半期、遅くとも第3四半期までには結論が出るものと見られています。日本経済をけん引することになるのか、古巣の行方が大いに気になるところです。


著者:浜田和幸
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