「能登半島地震」から約2カ月~南海トラフ地震による宮崎津波・高潮・洪水被害への警告~(前)
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(株)アクロテリオン
代表取締役 下川 弘先日、友人から息子さん夫婦が宮崎市内に一軒家の新居を構えるとの話があり、御祝いの言葉を申し上げた。しかし、ふと宮崎市内のどこに建てられるのか気になった。今後30年以内に発生する確率が70~80%といわれる「南海トラフ大地震」(M8~9クラス)があるからだ。昭和東南海地震、昭和南海地震の発生から約80年が経過していることから切迫性が高い状態だと気象庁が発表している。
地震そのものの大きさもさることながら、太平洋沿岸に押し寄せる津波・高潮・洪水などの被害も相当な被害になると考えられている。国交省・国土地理院が出している防災マップ(重ねるハザードマップ)を開くと、改めて大変興味深いことがいくつかわかる。
1.延岡市のハザードマップから
「津波や洪水が起こったら、神社・仏閣に逃げなさい」という話を聞いたことがあるが、延岡市の白地図に神社・仏閣の位置を○で囲んでみた。海抜の低い平野部(都市部)には、神社・仏閣はまばらに点在していることが分かる。一方、少し内陸側で延岡城跡(城山)や今山八幡神社や今山大師などのある山下町近辺、南にある愛宕山入り口にある愛宕神社など多くの神社・仏閣が並ぶように存在する。
この白地図に上述の津波・高潮・洪水のハザードマップを重ねて見たところ、津波・高潮・洪水の被害がでないだろうと予想される場所(被害の色がついていない所)に、神社・仏閣が並んでいることが見て取れる(【図1】、【図2】)。
もちろん、都市部の平野部(津波・高潮・洪水の被害を受けてしまうと予想される)に、神社・仏閣がまったくないわけではないが、数は少ない。
まさに先人たちの言葉通り、過去に津波など被害を受けた教訓から安全な場所に神社・仏閣が建てられていることが明らかにわかる。先人たちの知恵であり、経験だと考えられる。2.宮崎市内シーガイアエリアの松林
宮崎といえば、昭和30年代後半から50年代初めにかけては空前の新婚旅行ブームに湧いたところである。ピーク時の昭和49年に宮崎市内に宿泊した新婚旅行客は約37万組で、これは同年に全国で結婚したカップルの約35%にのぼると言われているそうである。
最近では福岡ソフトバンクホークスや読売ジャイアンツをはじめとして多くの球団が冬のキャンプ地として利用することや20カ所以上のゴルフ場があることで、多くのスポーツ選手が集まることで有名である。その背景には、温暖な気候による南国のイメージと、海岸線に沿って広がる松林によるリゾート地のイメージができているからであろう。
その宮崎で風向明媚な観光名所として名高いのが阿波岐原森林公園であり、「フェニックス・シーガイア・リゾート」もここにある。この森林公園内には樹齢1~160年の黒松が密生し、市民の憩いの場になっており、海岸沿いの砂丘はアカウミガメの産卵地として、県の天然記念物に指定されている。台風などによる潮害・塩害から市民の生命財産を守ってきた保安林だそうだが、なぜこの海岸沿いにたくさんの松が植えられているのだろうか。
おそらく、この地は過去に何度も津波被害にあっており、現代のようにコンクリートで広範囲の防潮堤などを築けない時代の、先人たちの津波対策の1つであったに違いない。そう考えると延岡市の神社・仏閣と同様に、地歴をもっと知るべきかかもしれない。
3.宮崎市内(全域)のハザードマップから
国土交通省・国土地理院の重ねるハザードマップで宮崎市内を見てみると、津波だけの被害想定図(【図3】)では、JR日豊本線から以西地域では、津波の被害は少ないようだ。しかしながらそのJR日豊本線の東側では、宮崎港や卸売市場、週末処理場などの生活に欠かせないインフラ施設が集中しているだけでなく、広範囲に低層住宅が広がっているため、3~5mの津波が襲ってきたときには、ほぼ全域が津波による被害を受けてしまう。高層建築物も少ないため、高台への避難が難しい地区といえよう。
さらに、南海トラフ大地震の津波被害だけではなく、そのときに大雨が降っていて洪水警報が出ていたり、高潮・満潮時と重なっていたりすると、さらにその被害エリアは広がっている(【図4】)。上述したJR日豊本線以西もその被害対象の可能性地域となり、宮崎県庁や宮崎市役所中心として、中心部のほとんど全域が被害にあう可能性がある。
大淀川・橘公園通り沿いに立つ高層マンションやその対岸に立つ高層建築物の存在がどの程度、避難者の受入れができるかが課題となるだろう。とくに民間の建物でもあり、普段は関係者以外の立ち入りを制限されているはずである。仮に緊急時に善意的な受入れをしてくれる高層マンションがあったとしても、その受入れ人数の容量が足り得るのかどうか、疑問になるところでもある。
すでに検討済みなのかもしれないが、宮崎県および宮崎市の防災担当者は事前に住民の避難シミュレーションを明確に指示しておく必要があるのではないかと考える。
(つづく)
<プロフィール>
下川 弘(しもかわ・ひろし)
下川弘 氏1961年11月、福岡県飯塚市出身。熊本大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程を修了後、87年4月に(株)間組(現・(株)安藤・間)に入社。建築営業本部やベトナム現地法人のGM、本社土木事業本部・九州支店建築営業部・営業部長などを経て、2021年11月末に退職。(株)アクロテリオン・代表取締役、C&C21研究会・理事、久留米工業大学非常勤講師。法人名
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