2024年12月24日( 火 )

金正恩総書記の強硬姿勢の裏に隠された思惑と課題(後)

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国際未来科学研究所
代表 浜田 和幸

 金正恩氏は「経済改革、とくに民生部門の強化」を年頭から打ち出し、「我が国の経済状態は非常に憂慮すべきだ。大半の国民が食糧や基本的な生活物資を得られるようにしなければならない」と述べましたが、昨今の窮状を意識しての発言でしょう。

 思い起こせば、20年10月のテレビ演説でも「我が国民は自分を信頼してくれており、その気持ちは空のように高く、海のように深い。そんな国民の期待に応えることができず、本当に申し訳ない」と涙ながらに謝罪していました。しかし、ミサイル発射や地下核実験には成功しているようですが、国民の日常生活を安全で豊かにするという目標は絵に描いた餅に終わっています。そのため、とくに若い世代では「金正恩体制への懐疑心」が広がっている模様です。

 そうした国内に燻る不満要素を一掃しなければ、この1月に40歳になったばかりの金王朝3代目の先行きも怪しくなるでしょう。結果的に、国民の危機意識を高めるため、「アメリカが後ろ盾となって、南をたぶらかし、我らが祖国に攻撃を仕掛けようとしている。今こそ一致団結して、南を解放しなければならない」といった「敵を外に見出す」作戦に舵を切ったようにも見えます。

 そんな中、「金正恩氏は10歳の娘を自らの後継者に決めた」といった韓国政府の分析が話題を呼んでいます。名前も正確な年齢も確認されていない「ジュエ」なる少女を跡継ぎに決めることなど、本当にあるのでしょうか?これこそ、北朝鮮の得意とする「かく乱工作」の一環のように思えてなりません。「可愛い娘を大切にする父親が戦争などを引き起こすことはない」という方向に内外の世論を誘導しようとしているだけの話でしょう。

 そもそも男系社会の北朝鮮で娘を4代目に据えてしまえば、5代目は「金王朝」から外れてしまいます。しかも、金正恩氏には表に出ていませんが、2人の息子がいるとも言われているわけで、そのどちらかを後継者にするため帝王学を教え込んでいると見るのが順当ではないでしょうか。

イメージ    いずれにせよ、秘密のベールで自国の現状を明らかにしないことが北朝鮮の最大の武器となっています。そのため、金正恩の真意や北朝鮮の現状はなかなかうかがい知れないわけです。結果的に、北朝鮮に対する韓国、アメリカ、そして日本の対応にも相違があることは否めません。

 日本が朝鮮統治時代に独自に調査し、アメリカはもちろん北朝鮮もが喉から手が出るほど欲しがっている朝鮮半島に眠る未開発の資源に関する情報もありますが、これらも有効に活用されていません。しかも、拉致問題1つを取っても、日本政府は北朝鮮を非難糾弾はしてきましたが、相互協力の下で問題解決を図ろうとする姿勢がありませんでした。

 たとえば、北朝鮮が横田めぐみさんの遺骨だと日本側に引き渡したものですが、日本でDNA鑑定を行った結果、「めぐみさんのものではない」と断定。その結果を受け、当時の小泉純一郎首相と面談した金正日総書記は最側近の洪善玉氏(最高人民会議副議長)を通じて「拉致を謝罪し、関係者を処罰した。そのうえで、この問題の解決にあたりたい」と、3点の提案をしてきたのです。

 第1に、問題の遺骨に関して、再度の分析を日本、北朝鮮、そして第3国の科学者による合同で行う。第2に、日本の拉致被害者の家族全員が北朝鮮を訪れ、被害者を一緒に探す。第3に、それでも被害者の行方が判明しない場合には、北朝鮮が国家賠償を行う。

 その洪氏を団長とする北朝鮮の交渉団が訪日ビザも取得し、北京から日本へ向かう飛行機に搭乗しようとした際に、搭乗が拒否されたのです。その理由は「日本の官邸からの指示だった」とのこと。こうした一連の情報は北朝鮮を19年9月に訪問した日本の参議院協会(宮崎秀樹会長)の訪朝団に説明がなされ、初めて明らかになりました。

 宮崎氏曰く「北朝鮮は拉致問題で、日本にそれなりの誠意を示した。しかし、日本はまったく応えず、それどころか、訪日し日本政府と交渉しようとした北朝鮮代表団を拒絶した。これでは北朝鮮が交渉断絶を宣言したのも無理ない」。こうした、日朝間の交渉のすれ違いについて、日本政府は「知らぬ、存ぜぬ」というすげない姿勢を貫いてきました。

 金正恩総書記は元旦の能登地震へのお見舞い電報を岸田首相宛てに送ってきただけではなく、最近、日本からの帰還朝鮮人の待遇改善を指示しています。そもそも、金正恩氏の母親は大阪生まれで1962年に北朝鮮に帰還した多くの在日朝鮮系の1人です。その後も頻繁に日本を訪問してきました。要は、日本と北朝鮮の間には、歴史的、経済的にも、人的にも多くのパイプがあるのです。そうした経緯を踏まえたうえで、北朝鮮の現状や可能性にも配慮した対応をしなければ、拉致問題の解決は「絵に描いた餅」に終わりかねません。

 岸田首相は最終的に見送ったものの、3月20日に韓国を訪問し、ユン大統領と対北朝鮮問題を協議する「シャトル外交」を行う計画を立てていました。ただ、「前提条件なしで、金正恩氏と面談する用意がある」と、上から目線です。これでは、金正恩総書記にとっては「かつてのこちら側の提案を反故にしたままで、会いたいというのは虫が良すぎる」との反応にならざるを得ないはず。今必要なことは、02年の小泉訪朝の原点に戻り、北朝鮮からの提案とどう向き合うのか、真摯な協議を再開する意思をしっかりと伝えることでしょう。

(了)

浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
    国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。近著に『イーロン・マスク 次の標的「IoBビジネス」とは何か』、『世界のトップを操る"ディープレディ"たち!』。

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