2024年12月23日( 月 )

経済小説『落日』(46)目の奥の不快2

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谺 丈二 著

 M県事業は坂倉や武藤が去った後も担当者を変えて店舗の展開を続けていた。

「石井君、君は何かというと会社の方針に反対するらしいが、批判より努力というスタンスにはなれんのかね。関連事業に関しては君も当事者だろうが。部外者みたいな言い方はよさんか。店舗に限ったことじゃないが物事はやれるときに一気呵成にやらんとチャンスを逃がすことになるんだ。実業の世界では無為はなによりも悪だ。」
「それはどうでしょう。社長もご存じのように朱雀屋は家電やレストラン、それにベーカリーやホームセンターといった専門店事業をすでに20年前にスタートさせています。着眼は我が国でもトップでした。でも、結局どれもお世辞にもうまくいっているとはいえません」
「その通りだ。それは君たちの努力不足の結果じゃないのか。だから蛻変(ぜいへん)の気持ちでと言ってきたはずだ」

 井坂は吐き捨てるように言った。蛻変というのは蛹が空飛ぶセミに変わるくらいの心機一転を意味する禅書にある言葉で、井坂は社長就任以来、社員に無為の責と蛻変、随所作主といった督励を口にし続けている。

「社長、優秀といわれる皆さんは、努力次第で不可能も可能になるというスタンスが基本です。つまりできない理由を挙げれば、やる気がないと一方的に決めつけますから、結果としてみんなができないことをできるという虚勢(うそ)が蔓延ります。その結果が現在(いま)です。さらに同じ失敗を繰り返しますか?」

 井坂の剣幕にも臆することなく石井は言葉を継いだ。

「君はワシになんか恨みでもあるのか」

 井坂の感情は不快の極みに達した。

「上場以来、当社の蹉跌は関連会社です。これまでに少なくとも、1,000億近い金を使っているはずです。関連に人とカネをとられた結果、本体が弱ったというのは銀行時代、審査部長だった社長は十分ご承知だと思いますが」
「そんなことは改めて君からいわれなくてもわかっている。そこをうまくやるのが君たち現場の責任だろうが。何もかも経営の責任にするのは卑怯だろう。蛻変に加えて常日頃から、随処作主(ずいしょさしゅ)とも言っているじゃないか」

 井坂は口をへの字に結んで石井を睨みつけた。

「分社化による独立経営というのは、耳触りこそ悪くないですが、そこに競争に勝つためスキルがない限り、黒字化は絵に描いた餅でしょう。トップの命令は絶対です。トップから言われれば、できないとわかっていても、それを実行しようとします。何せ食わなければなりませんから」

 怒りで目の奥が痛くなる思いで井坂は石井の言葉を聞いていた。確かに石井のいうことはもっともだった。過去の経営分析には必ずと言っていいほど関連会社の不振が顔を出している。それは井坂にも十分わかっていた。

「小型店への投資はたしかに個々には小さいかもしれませんが、小さいからこそ、数が必要になります。それを考えと絶対投資額は決して小さいものではありません」

 石井は井坂の心のなかを見透かしたような言い方をした。

「その程度のことは君に言われんでも十分議論をしとるよ。しかしだな、既存の店に手を入れても劇的な売上の改善は無理だろう。投資効率を考えるとやみくもに既存施設に投資するわけにもいかんのだよ」

 井坂は憤然とした面持ちで、石井に一段と尖った視線を投げた。
井坂にも言い分はあった。既存店に手を出せば改装でも少なくないコストがかかる。加えてそれを実行しても、大きな売上や利益の拡大は期待できない。さらに閉鎖となれば大きな除却損が発生する。

 そう考えるとただでさえ、タイトな利益がどこまで落ちてしまうのか見当もつかない。その点、新規店舗なら、まったくゼロから売上が立つ。1店舗10億だとしても、100店舗つくれば1,000億の売上になる。それを根拠にすれば銀行からの融資も受けやすい。取引先にとっても新たな売上が生まれるのだから、大きな魅力に違いない。だが、それは新規事業がうまくいっての話だった。もし、そうでなかったら朱雀屋にとって致命的な結果になる。実際いま、まさにそうなりかけていた。

(つづく)

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