2024年07月16日( 火 )

中国習政権が関税法を可決 その狙いは

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国際政治学者 和田大樹

全国人民代表大会 イメージ    中国の全国人民代表大会の常務委員会は4月、関税法を可決した。同法は今年12月1日から施行されるとのことだが、同法は貿易相手国が条約や貿易協定に違反して中国の輸出品に対して関税引き上げや輸出入規制などを発動した場合、中国は輸入品に対して報復関税などの対抗措置を取ることを定める。この狙いはどこにあるだろうか。 

 関税法が想定する最大の“貿易相手国”は米国である。11月の米大統領選まで半年となるなか、ウクライナやロシア、イスラエルなど戦争当事国はその行方を注視している。それはバイデン大統領とトランプ氏のどちらが勝利するかによって、自らの紛争の行方が大きく変わってくる可能性があるからだ。

 しかし、中国にとっては単なる通過点でしかなく、習政権もそれを十分に認識しているだろう。バイデン大統領とトランプ氏は理念や価値観が異なるが、対中政策では大きな違いはなく、バイデン大統領はトランプ氏の対中姿勢を継承している。バイデン大統領はトランプ氏の米国第一主義的な政策を批判はしているが、トランプ政権一期目で発動された多くの対中貿易規制措置は解除していないばかりか、新疆ウイグルにおける人権問題、中国による先端半導体の軍事転用などを背景に、中国への貿易規制措置を積極的に仕掛けている。

 トランプ氏は大統領に返り咲いた際、中国からの輸入品に対して一律60%の関税を課すと豪語、バイデン大統領も中国製の鉄鋼やアルミニウムに対する関税を3倍に引き上げる方針を発表しており、来年1月からの新政権のもとでも米中貿易摩擦が続くことは間違いない状況だ。中国側にはそのような認識があり、関税法の施行を米大統領選と新政権発足の間の12月1日に決定したのも、米国を強くけん制する狙いがあると考えられる。

 だが、中国側が想定する“貿易相手国”は米国だけではない。最近、軍事目的に使用される恐れのある半導体の先端材料などを日本企業が輸出する際、日本政府が企業に政府への事前通知を義務づけようとしていることについて、中国側が強く反発した。これについて中国商務省は、半導体関連の輸出規制は日中の企業間における通常の貿易に深刻な影響を与えるだけでなく、世界のサプライチェーンの安定を損なうので、謝った行動を取らないよう日本を強くけん制した。また、中国企業の正当な権利や利益を断固として守り抜くため必要なあらゆる措置を取るとも警告した。

 バイデン政権が一昨年秋、中国による先端半導体の軍事転用というリスクを回避するため、先端半導体そのものの獲得、製造に必要な材料や技術、専門家の流出などを防止する輸出規制を強化し、日本も昨年7月に14nm幅以下の先端半導体に必要な製造装置など23品目の輸出規制を始めたことに、中国側は強い不満を抱いている。その後、中国は日本がその多くを中国に依存する希少金属のガリウム、ゲルマニウム関連の輸出規制を強化し、昨年8月には福島第一原発の処理水放出にともない、日本産水産物の輸入を全面的にストップした。

 バイデン政権は安全保障上のリスク回避のためには中国への貿易規制には躊躇しない姿勢を貫いており、今後も日本に同調を呼び掛けるケースが考えられるが、日本がそれに足並みをそろえた場合、中国が関税法を基に日本からの輸入品に対して高い関税を設け、または日本が中国に深く依存する品々を中心に輸出規制を強化することが想定される。関税法の“貿易相手国”は米国だけでなく、日本も該当する可能性がある。


<プロフィール>
和田大樹
(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
▼詳しい研究プロフィールはこちら
和田 大樹 (Daiju Wada) - マイポータル - researchmap

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