2024年06月26日( 水 )

日本のAI戦略はマイクロソフトの軍門に下るのか?(中)

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国際未来科学研究所
代表 浜田和幸

AIイメージ    その流れを先読みし、マイクロソフトは対日売り込みを巧みに進めています。2023年7月、マイクロソフトは自民党のデジタル社会推進本部の会合でアジア初となる東日本データセンターの整備を完成したことを発表。官民が安心して利用できる生成AIの基盤となる「大規模言語モデル(LLM)」の開発にも取り組んできたマイクロソフトは日本のデータセンターに専用のサーバーも設置しました。こうしたデータセンターの機能拡充が進めば、機密情報を扱う官公庁や企業にとっても利用価値が高まり、生成AIの技術拠点にも格上げが図られ、「国内完結」で最新機能を活用できることになります。

 その意味でも、「デジタル・ニッポン構想」を掲げる自民党にとって、マイクロソフトは頼りがいのある「助っ人」になってしまっているのです。これまでも自民党は「AIの進化と実装に関するプロジェクトチーム」を立ち上げ、AIの発展を支える計算資源の確保について検討を進めてきています。そうした自民党の各種作業部会にマイクロソフトは専門家を送り込むなど、したたかに食い込んできました。

 日本マイクロソフトでは以前から日本政府のIT国家戦略を先取りするかたちで、「公共イノベーション推進室」を立ち上げるなどして、政府や地方自治体向けのサービスを充実させてきました。日本国内のIT企業と競合することもありますが、大規模な地震や津波などの災害時に自治体の行政基盤と情報発信力の確保を支援する試みは日本国内の企業の追随を許さないものとして高く評価されています。

 ところで、現時点では計算資源の確保や生成AIの研究開発、学習データの整備などは、経済産業省、文部科学省、総務省、内閣府などがバラバラに対応しています。これでは予算獲得においてもお互いの足の引っ張り合いとなり、国家としての最適なAI戦略が打ち出せません。要は、首相が強いリーダーシップを発揮し、総合的な司令塔の役割をはたす必要があるわけです。

 その意味でも、日本の政界に独自のネットワークを構築してきたマイクロソフトは日本という大きな潜在マーケットに王手をかけたといっても過言ではありません。日本政府はデジタル庁が受け皿となり、マイクロソフトから「チャットGPT」の技術提供を受け、国会答弁の下書きや議事録作成に向けての準備を進めています。しかし、これではマイクロソフトのような企業が「政治を思うがままに操る」ことにもなりかねません。

 一方、岸田首相の想いは、G7以外の国々の政府や民間セクターとの協議を重ね、グローバル・サウスを含む国際社会全体が安心・安全・信頼できる高度なAI技術の恩恵を享受し、さらなる経済成長や生活環境の改善を実現するための国際ルールづくりをけん引しようというわけです。

 こうした姿勢は中国の動きを念頭に置いたものと思われます。中国のAI産業は35年には1兆7,300億元(約36兆円)に達し、世界に占める割合は3割を超えるといいます。中国のAI産業における存在感は大きくなる一方です。そのため、アメリカ政府は危機感を抱き、技術移転や規制の枠を被せる政治的な動きを検討しています。

 とはいえ、過度な規制は技術の革新を妨げる可能性があり、技術も多様であれば、リスクも多様であることを無視してむやみに規制に走ることは問題でしょう。さらには特定の国を「脅威の源泉」として阻害する政策はリスクを高めることになりかねません。日本政府は19年にOECDで合意を得られた「AI原則」など多くのイニシアティブを重視する姿勢を堅持していますが、これはマイクロソフトのスミス社長の岸田首相へのインプットが影響していることが明白なのです。

 これまで日本では経産省が主導し「AI原則実践のためのガバナンス・ガイドライン」を策定し、総務省の主導で「国際的な議論のためのAI開発ガイドライン案」と「AI利活用ガイドライン~AI利活用のためのプラクティカルリファレンス」を策定していました。しかし、このたび、これらのガイドラインを統合し、最新のAI技術の特徴および国内外のAIの社会実装に関する動向を踏まえた新たなガイドラインを策定。そうした流れもマイクロソフトを通じて日本に吹き込まれたアメリカの意向やビジネス拡張路線が感じられます。

(つづく)

浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
    国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。近著に『イーロン・マスク 次の標的「IoBビジネス」とは何か』、『世界のトップを操る"ディープレディ"たち!』。

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