2024年11月24日( 日 )

小説『ジョージ君、アメリカへ行く』(14)シェラネバダでのキャンプ

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 夏休みのある日、ジョージ君たちはシェラネバダ山脈にキャンプに行った。もちろん、寝るのは寝袋であり、テントもない。夜露が落ちれば、そのまま顔を濡らす。寝袋の下は岩なのでとてもごつごつしていて、慣れないと眠れない。熊が出る可能性もある。毒グモ、蛇だっているかもしれない。

 ジョージ君とホスト・ファミリーは毎週末、このようなことを繰り返した。ホスト・ファミリーの夫婦は半年前に再婚して新婚旅行にメキシコへ車で行き、2週間にわたって寝袋で寝たらしい。潮騒の音を聞き、満天の星を眺めながら毎晩愛を確認して、今後の生活や将来の夢を語り合ったそうだ。日本人でも20代なら毎晩愛せる人もいるかもしれないが、40代後半女性と50代男性の話だ。当時の日本では老後の心配はしても、50男と40女が毎晩野宿で愛し合う、夢を語り合うなど誰もしない。

 何の夢? 自然に否定的な感情が湧いてきた。笑わせるな。ジョージ君が日本で会社を辞めたとき、同じ部の村上課長はジョージ君のアメリカ行きに、「若い人はいいな、俺たちはもう年だよ」 と言った。その村上でさえまだ46歳だった。それより、メキシコで毎晩、野宿など危険極まりないのではないか? この夫婦と村上課長との考え方の大きな違いは、金のなせる業なのか。そうとも言い切れない。これは民族のもつ個性かもしれないとジョージ君は感じていた。なぜホテルに泊まらないのか。

 そこで2人にジョージ君は聞いた。どうして毎晩野宿をするのか? ホテルに泊まらないのか? 金が惜しいのか? なぜ再婚したのか? ハイドン氏は答えた。「我々の先祖は、と言っても遠い昔ではない、祖父さんの時代に英国を捨てて大西洋を越えて、この新天地、アメリカにやってきた。それは命を掛けた行為さ。アメリカに着けば着いたで、飢えや疫病に苦しみ、インディアンと戦い、この地カリフォルニアまでやってきた。何カ月も野宿をしながらここにきたんだよ。その気持ちを忘れないためにも岩の上で寝るのだ。アメリカは戦いの歴史だ。俺の祖父さんは町の祭りで掛けボクシングをして賞金稼ぎをしていた。見せ物さ、生きるためにボクシングをした。ジョージは空手ができるなら、絶対アメリカで道場を出しなさい。アメリカではファイティングやケンカに役立つものなら絶対に流行る。とにかく、野宿はあたりまえなんだ」。

    次第にハイドン氏は興奮にして、話が熱っぽくなってきた。「アメリカに逆らう奴はロシア人だろうと日本人だろうと、中国人だろうと叩きつぶしてやる。アメリカ人をなめてはいけないよ。この国の国民性は好戦的だ。お前だってそうだろう。日本では多少並はずれたエネルギーと根性をもっているからこの国に来たのだ。中国系であろうとヨーロッパ系であろうと、ロシア系であろうと、アメリカ人になる奴は根性が違うのだ。お前も俺が仕込んでやるから甘ったれた日本人から決別しろ。さあ寝ろ、オオカミが出たら一緒に戦おうぜ。心配するな、オオカミはもういない。でも熊は時々出るぞ」。

 ベティーも、ジョージ君のその質問になぜか興奮していた。「ジョージ、私の夫が言ったこと、わかったわね。それは男も女も生涯戦い続けるということよ。セックスも男と女の戦い、いつまでも真剣勝負なのよ」。やはり、成功者は違う。それともアングロ・サクソンだから違うのか。

 翌日はよく晴れていた。雲ひとつない青い空だった。ジョージ君のホスト・ファミリーと彼らの友人、3世帯の合同キャンプだった。朝食を食べ、ゆっくりとくつろいでいたときのことだった。朝からテンションの高かった末娘のアンネは飛んだり、跳ねたり、歌を歌ったり、上機嫌だった。彼女があと数歩下がると窪地に足を取られる瞬間だった。ジョージ君は叫んだ。「アンネ、危ない!」娘は振り返り、何事もなく無事だった。その一部始終を見ていた母親のベティーが、ジョージ君に言った。

「ジョージ、今、何を言った。何をした?」
「あなたの娘が転びそうになったので、声を掛けて助けたのですが…」
「どうしてそんないらないことをするのよ。私だって見ていたんだよ。私はアンネが転べばよいと思っていたのに。お前がそれを邪魔をした。とんでもない奴だ」

 ジョージ君は当然抗議をした。人助けをして苦情を言われるなんて、いくらホスト・ファミリーでも許せない。「どうして私を責めるのですか」。わけがわからない。ハイドン氏が口を開いた。

「ジョージ、君は私の娘の学びの機会を奪ったのさ。子どもは痛い目にあわないと学ばない。子どもは適切なリスクに触れさせることも必要なんだよ。命を失ったり大けがをしないようにするためにも、小さなリスクは買ってでもしろということだよ、わかるか? ジョージ」。

 ジョージ君は、なかなか納得できなかった。でも冷静になるにつれ、彼らの言わんとしていることが次第によくわかった。ただ日本の母親との大きな違いを感じだのだった。たくましい考え方もあるのだ。「アングロ・サクソン侮りがたし」。

 やがて夕方、火を囲んでキャンプ・ファイヤーが始まった。ジョージ君の隣には13歳の双子の女の子がいた。チラチラとジョージ君の方を見ている。双子のお母さん、ミセス・ヘスは40歳前後の素敵な女性だった。ミセス・ヘスが口を開いた。「ジョージ、あなたはとても良さそうなボーイね。私の娘たちがあなたのことに興味があるみたい。お友達になってくれない」。突然のデートの申し込み、しかも母親から。思わずジョージ君はこの双子に聞いた。「僕がいくつに見えるかい?」。じろじろ眺めながら、やがて言った。「Sixteen?」。完全に面食らった。東京では良く聞かれた、「何人奥さんがいますか」いや、間違えた、「何人子どもさんがいますか」だ。「いえ、まだ独身です」「え、本当ですか」。ふざけるな、ジョージ君は本当にこの老け顔が大嫌いだった。それがアメリカでは16歳に見える? 夢のような話だ。天国にものぼる気分になった。

 ミセス・ヘスに向かって言った。「私は26歳ですが、あなたの双子ちゃんの友達になってもいいですよ」。「え、26歳? あなた何を言っているのよ、絶対に私の娘には近づかないで。何を考えているの?」。ここでジョージ君はなぜ叱られないといけないのか。不満に思った。ミセス・ヘス、あなたから出た話なのに。

 それにしても東洋人は若く見えるらしい。ミセス・ヘスの横にいた、ホスト・ファミリーのベティーが大きな声で言った。「ミセス・ヘス、もうすぐ、あなたに孫ができるわよ」。彼女は顔を真っ赤にして、ジョージ君を睨みつけた。それがみんなには可笑しかったのだろう、深夜のシェラネバダ山中に、大笑いがこだました。ジョージ君はインディアンが聞いているような気がしていた。

(つづく)

【浅野秀二】


<プロフィール>
浅野秀二
(あさの・しゅうじ)
立命館大学卒業。千代田生命保険相互会社(現・ジブラルタ生命保険株式会社)、JACエンタープライズ(米サンフランシスコ)で勤務。

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