小説『ジョージ君、アメリカへ行く』(19)空手道場
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東京でのサラリーマン時代の話に遡る。三井生命と明治生命との合同プロジェクトを営業センス抜群で慶応大卒の伊藤主任、28歳が手がけていた。伊藤さんがある日、ジョージ君に応援を頼んできた。勉強になるから手伝えというわけである。
三井生命担当の松波さんも、明治生命の草壁さんも、当時すでに50歳を超えていた。肩書きは部長とか、取締役相談役とか仰々しかった。それが、こちらは28歳と24歳の若造である。
伊藤さんは2人にジョージ君をこう紹介した。「こいつはけんかも強いし、社交ダンスもうまいです。頭はめっぽう悪いが、健気に外国人女をひっかけるため、英会話も勉強しているのです」。
松波さんが答えた。「それはヤクザみたいですね」。ジョージ君は目を丸くした。上記の3つの条件こそ、ジョージ君の頭では外交官になるために必須だと思っていたからだった。
世間の認識はジョージ君のそれとだいぶ違っていた。2~3回会ってから、松波さんはジョージ君が二男であることを知って、すぐに見合いの話をもってきた。写真をみせ、「この子と結婚したら彼女の親が東京に土地付き一軒家を建ててやると言っている。俺はお前が好きだし、お前は性格が良い。彼女の趣味は英会話とダンス、絶対にうまくいく」ジョージ君は写真の女性を見て、強く惹かれてしまった。ああ、もうだめだ。こんな素敵な女性とお見合いをしたら、俺の青春は終わってしまう。
フーテンの寅さんにも、三船敏郎演ずる素浪人にも、ジョン・ウェインのバガボンド・カウボーイにもなれない。結婚などとんでもない。早いうちにアメリカに行かないと。
そのためにはまず、肝炎にかかって失った体力を、回復させないといけない。会社のある東京駅から横須賀線で逗子の寮へ通っているとき、鎌倉の八百屋の屋上で空手の練習をしている光景を電車から何度も見ていた。ジョージ君はここに通おうと決断した。
先生は蔵波建設の専務で、日大・和道流空手部の監督さんだった。ジョージ君は大学では体育会系の日本拳法部に所属していたが、蔵波さんに和道流を習うことになった。
空手の「型」を習った。拳法は殴る・打つ・蹴る・投げるの実践のみで、型の練習はなかった。空手道場には、日大の空手部も時々練習にきていて、なかなか活気があった。やがて、アメリカ行きが決まって辞めると伝えたら、日曜日に遊びに来いと誘われた。さすが、建築会社の専務の家、立派な庭があり、日本建築のすばらしい住宅であった。
奥さんは上品で美人で落ち着きがあり、すべてが理想のような暮らしであった。家庭をもつことも悪くはないな…と、お見合い話を断ったことをジョージ君は多少後悔していた。
蔵波さんは褒めるのが上手な人だった。「日大のキャプテンであり、全日本クラスの宮原と、いい組手をする君に期待をしていた。アメリカ行きは残念だが、アメリカに行って自分の人生に納得したら、ここに帰ってきなさい。またアメリカは空手が盛んだから、ぜひ続けて欲しい」と言われた。
さて当時の、ブルース・リーの人気、熱狂ぶりは、今の人には想像つかないだろう。これはハリウッドで初めて、東洋人が大スターとして認知された大事件だった。同時に、空手やカンフー(中国拳法)がビジネスとして、金儲けの手段になっていく、大きな流れをつくった。
日本に駐留していた海兵隊や、日本に滞在していたときに半年、空手を習った程度の人たちが、続々と道場を出した。人口5万人のこの小さな町、ストックトンでさえ、すでに5~6カ所の空手道場が存在した。3カ月に1件ずつ増えていた。
ジョージ君の近所の子どもたちも、週末になると教えて欲しいと、20名以上集まった。大学で、白人にコンプレックスをもつメキシコ人や、アラブ系の留学生を中心に、ベトナム人、ブラジル人などたくさんの人が、「空手を教えて欲しい」と連日、ジョージ君のところにやってきた。
蔵波さんに言われたように、空手の練習を再開する良いチャンスだ。友達もできる。金もある程度、期待できる。「一石三鳥」である。ところが、お世話になっていた日本人のMさんが大反対した。武道を金儲けの手段にするのは、許せないというのである。
日本人留学生の間でも意見が二分された。Mさんと、趣味で剣道をやっている数名は、「絶対反対」と騒いだ。ジョージ君も日本人、彼らの論理がわからなくもなかった。まして、中途半端な空手の腕前では、日本人の恥さらしだといわれると怯んだ。
とりあえず、道着を仕入れ、それに10ドルの利益をのせ、ボランティアで教えることに決めた矢先、ジョージ君の元ルームメイトの梅尾さんから、こんな提案があった。「ジョージ君の時間を使うんだし、金もない。道場だって将来的には借賃もかかる。金は取るべきだよ、1人あたり5ドル程度でスタートして見たら?」
ジョージ君はホームステイ先に帰って、ハイドン氏に相談した。彼の答えは実に明快であった。
(1)Mさんの反対について。
「君はMさんから金でも借りているのか?何も無ければ、彼の意見を聞く必要はないだろう」(2)5ドルの授業料について。
「1人あたり5ドル取るということは、君の空手は5ドルの値打ちしかないということだぞ。少なくともアメリカ人はそう考える。良いものは高い、悪いものは安いんだ。君の空手が本物だと思うのなら、それなりの料金を取らないとダメだ」(3)日本の正式な空手教官の資格をもっていないことについて。
「それは客が決めることで、日本の資格など関係ない。君の空手が素晴らしく、教え方が良ければ、たくさんの生徒が集まる。それだけのことだ。すべては市場が決める。ビジネスとして始めなさい。金儲けのため、成功するために、君は全力を尽くすのだ」結論は出た。Mさんの反対があっても、ここは将来の授業料を稼ぐのだ。ジョージ君が空手道場をはじめるのに、協力をしてくれた人たちがいた。1人はUOP大学(University Of Pacific)で柔道の先生をしていた渡辺さん。もう1人は、やはりUOP大学で空手の先生をしていた、マルカム・イクノア氏であった。イタリア系だが、あまり背の高くない男だった。結局、マルカムと共同で2カ所の空手道場を出すことにした。
彼の大きな家の地下室と、モダン・ダンス教室を借りることが決まった。これとは別に、ジョージ君だけでデルタ大学にも空手クラブをつくった。ここではジョージ君は1人あたり月に25ドル取った。2~3日前にこのデルタ大学に入学してきたクウェート人15名を中心に、28名ほどがジョージ君の生徒になった。
さて練習初日のことである。クウェート人全員が、当時一番人気のスポーツカー、トランザムで乗りつけてきた。しかも、全員が白人のガールフレンドを連れてきていた。ジョージ君に体育館の表に出ろという。そこには15台の高級スポーツカーと白人女が並んでいた。夢を見ているようだった、壮観である。
ストックトン市、モデスト市、サクラメント市など、周辺の街のトランザムの新車をすべて買い占めていた。それにしても、オイル・ショック後のアラブ人の金満ぶりは異常だった。それにたった数日で、アラブ人の女となったアメリカの白人女たち。それにもあきれた。アメリカは金ですべてが解決する。ジョージ君が白人女にモテるはずがないことを確信した。
さて、気を取り直して授業の開始だ。大学の体育館には、ちょうど青いマットレスが敷かれている部分があった。柔軟体操するのに良かった。28名の生徒が腕立て伏せなどを始めた。突然、少しはげあがった大男がものすごい勢いでジョージ君の所にきて、怒鳴りはじめた。「ここはレスリングのマットだ。出て行け」と言ったのである。
彼は手を後ろに組んで、ものすごい剣幕でジョージを叱りつけた。後ろに手を組んでいるのは、手は出さない、暴力で解決をする意志はない、ということを表現しているのはわかった。彼が大学のレスリング部の教官であることは間違いなかった。
ジョージ君の生徒が不安そうに見守っていた。映画であれば、レスリングと空手の決闘みたいだな、と思えた。ここは絶対に引けない。
ジョージ君も下手な英語でまくしたてた。「ここは大学の体育館で、あなたの所有物ではない。俺たちはここの大学生なんだから、使用権利はある」。教官はジョージ君に使用許可をもっているのかと聞いた。しかし、ジョージ君にとって、そんなことはどうでも良かった。この場を乗りきらないと恥をかく。「とにかく、あとで話すから今はここから出て行け」。ジョージ君が一歩も引かないことを感じたのか、これ以上の喧嘩は見苦しいと判断した教官は出て行った。
練習が終わると、冷静になった教官は「いや、興奮していた、謝るよ」と握手を求めてきた。しかし、不満そうであった。まだなにか言いたそうであったが、ジョージ君の英語力の問題もあり、その場は引き下がった。
実は彼がものすごく怒っていた理由は、あとで考えれば、よくわかった。ジョージ君は柔道の渡辺さんから入れ知恵されていた。「あなたがクラブ活動でも良いから、たくさんの生徒をあつめて2セメスター(2学期)ぐらい活動をすれば、正式に大学の授業になる可能性がある。そして人気のないほかの体育教科は消え去る。その先生は要するにクビだ。アメリカの大学は世の中の変化に対応できるようになっている。教官は外国人でも誰でも良い。生徒の数と支持で決まるんだ」。
アメリカの大学の先生は、日本のような身分の保証はなかった。ブルース・リー人気は、レスリング教官の仕事を奪う。ジョージ君の空手クラブは、この教官には大変な出来事に思えたのは違いなかった。ジョージ君はその後、彼と会い、「自分はできるだけ早く、ここの大学を卒業して4年制大学に行く。長居はしない」と告げ、協力を仰いだ。彼に不満はなかった。
このことがきっかけで彼とは仲良くなり、ジョージ君の協力者にまでなった。いざ空手を教えてみると、人種、民族の考え方の違いがわかり、非常に勉強になった。アラブ系は練習1日目で音をあげた。腕立て伏せを5回ぐらいすると、もうできないと、簡単にあきらめる。
「とにかく、型を教えろ。練習に何回来たら、黒帯がもらえるんだ?早く白人の彼女の前で黒帯を締めたい。1,000ドル払うから黒帯をくれ」。型は1つか、2つ覚えれば良いと考えていたようだった。実戦より、型が好まれるのには、驚きだった。アメリカこそ、実戦だけの国だと思っていた。
初日の練習後、ジョージ君は、「明日は午後6時から練習するから、体育館に来い」と言った。帰り際に彼らは言った。「Yes, Sensei, アラー(神)の思し召しがあれば」。
そして翌日。15名のクウェート人生徒のうち、3名しか現れなかった。ジョージ君は怒った。大学で彼らを見つけると、ジョージ君は詰問した。すると、彼らは「明日は必ず行く」という。その言葉を信じ、翌日も待った。神の思し召しはなかったようだ。白人女の思し召しがあったことを後で知った。
しかし、黙々と練習に励むアメリカ人やベトナム人、中国人、ブラジル人がいる。最初は、アラブ系が怠惰な人種なのだと思った。しかし、人生いろいろ経験すると、これは民族や宗教のバックグラウンドというより、金があるか、ないかによって、人の思考や行動が違って来るのだと考えたほうが無難だということに気づいた。
空手の練習をするより、女といる方が楽しい。金持ちは空手マンなどの用心棒を雇えば良いのかもしれない。
(つづく)
【浅野秀二】
<プロフィール>
浅野秀二(あさの・しゅうじ)
立命館大学卒業。千代田生命保険相互会社(現・ジブラルタ生命保険株式会社)、JACエンタープライズ(米サンフランシスコ)で勤務。関連キーワード
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