2024年11月07日( 木 )

日本文化である露天商の維持発展を目指し、時代に相応しい姿を追い求める

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筥崎宮放生会

 昨年、筥崎宮放生会が開催される直前の8月26日、石橋一海代表理事は福岡県警とともに行った暴力団排除宣言式において暴力団との決別の宣言をした。具体的には、放生会に出店する露天商が、暴力団に対し金銭や物品の提供をしない、関連施設を貸したり利用させたりしないといったものであったが、この模様は地元テレビ局をはじめ多くのメディアに取り上げられ、筥崎宮放生会における露天商の在り方について、大きな分岐点を迎えたことを広く世の中に知らしめることになった。

非・露天商が代表理事に

 「筥崎宮放生会から暴力団を排除するとともに、秩序を守り参拝客や付近住民に危機がおよぶような行為を絶対に行わない」。こう高らかに宣言した石橋一海氏が、一般財団法人筥崎宮露店保存会の代表理事に就任したのは2021年。保存会が自らの変革に向け、大きく舵を切り始めた大きな出来事だった。

 石橋氏と保存会の付き合いは長い。理事となる以前より、電気工事事業者として関わり、放生会のことは知り尽くしていたという。

 「法人化当初は理事の1人として名を連ねていましたが、あるとき、ほかの理事から代表就任の打診がありました。露天商の世界とは違う世界で生きてきた私にとって、それは大変な重責です。しかし、そんな私でも役に立てるならとお引き受けしました」(石橋氏)。

露天商文化の維持発展へ

 参道に出店する露天商で構成される筥崎宮露店保存会は、放生会の成功を目的に2010年に設立された。筥崎宮放生会に関わる他団体とともに、露天商の維持と発展、そして祭礼の隆盛を目指すべく、祭りの実務では出店場所の指定・配分や安全衛生、労務管理を石橋氏の主導の下に行っていく。また、活動は放生会の時期に限らず、日常的には神社境内の清掃活動や祭事に関する広報活動など、筥崎宮そのものの運営という点からも、なくてはならない重要な役割を担っているのが、筥崎宮露店保存会だという。

 「筥崎宮放生会は、私たち福岡・博多の人間たちにとっては、心の故郷といえる存在ではないでしょうか。筥崎宮露店保存会の定款には『我が国の文化である露天商の維持発展を目標とする』とあります。ここからもわかる通り、長い日本の歴史のなかで培われてきた露天商の文化は、私たちが守らなければならない伝統です。いくら時代が変化したとしても、変えてはいけないものもある。その1つが露天商文化です」(石橋氏)。

社会規範に従い、公平公正に業務を行う

 筥崎宮放生会を一度でも訪れたことがある人なら、誰しも思うだろう。参道にずらりと並び、祭りを華やかに彩るのが露天商たちの存在だ。出店する露天商の数はおよそ500店。金魚すくいに始まり、たこ焼き、焼きそば、かき氷などの店に加え、筥崎宮名物の社日餅(やきもち)、新生姜売りなど多種多様だ。おそらく露天商といわれるものの、ほぼすべての店が立ち並ぶのではないだろうか。とくに夜は圧巻だ。博多を代表する祭りといわれるに相応しいこの光景が、訪れる人々の心を鷲づかみにする。

 この伝統を守り支えていく存在となるべく、「筥崎宮露店保存会の法人化でいちばんの要としたのが、倫理観、公序良俗などの社会規範に従い、すべての業務を公平公正に行うことでした。その意味からも暴力団排除宣言式は、私たちが考えていた理想を広く世に知らしめるための絶好の機会となりました。また、今の時代に相応しい露天商の在り方を関係者により深く理解してもらうためにも大きな一歩だったと思います」と石橋氏は語る。

 自身に与えられた使命をさらに前進させるべく、筥崎宮のそばに保存会の事務所を探している真っ最中だという。今は石橋氏個人が経営する企業の事務所に同居している状態だが、これが決まれば保存会の活動がより活発になるという。

    放生会は、天武天皇の時代に始まった日本の一大文化だ。そして露天商の存在もその重要な要素の1つである。しかし、それはそれぞれの時代において使命感をもった人間たちがいたからこそ、今日まで絶えることなく受け継がれてきた。インバウンドで世界中から多くの人たちが福岡を訪れる今、日本を象徴する文化の1つとしてますます注目されていくことは間違いない。そうしたなかで、筥崎宮露店保存会の存在感はさらに大きくなっていくだろうし、暴力団排除宣言式における石橋氏の言葉は大きな意味をもっていくだろう。

【天野祐次】


<INFORMATION>
一般財団法人筥崎宮露店保存会

代表理事:石橋一海
所在地 :福岡市東区箱崎2-25-1
TEL :092-633-3355


<プロフィール>
石橋一海
(いしばし・かずみ)
1942年上海生まれ。幼少期に大陸から引揚げて八女に。高校卒業後、小野田セメントに入社。25歳で退社し「角栄計装」を設立。72年に同社を退社し、新たに「石橋電業社」を設立。88年に同社倒産、事業を引き継いだ「エヌビーエス(株)」に入社。92年代表取締役社長就任。2018年に退任し顧問に就任。現在、(株)JEC代表取締役と筥崎宮露店保存会理事長を兼務。趣味はゴルフと海外旅行。

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