2024年08月03日( 土 )

(仙台)前田建設工業、清水建設のマンション構造スリット欠陥問題(1)何が起きていた? 前田建設工業編

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AMT一級建築士事務所代表 都甲栄充氏

 「杜の都」といわれる仙台市で、ゼネコンによるマンションの施工不良が相次いで発覚した。1つは準大手ゼネコンの前田建設工業(東京)、もう1つは大手ゼネコンの清水建設(東京)が建てたもので、どちらも地震の揺れから建物を守るための重要な設備である構造(耐震)スリットが、正常に敷設されていなかった。このニュースは、地元紙の河北新報のスクープに始まり、NHKや東日本放送、日本経済新聞、共同通信、時事通信、読売新聞、日経アーキテクチュアが後追いするかたちで、全国を駆け回った。ゼネコンやマンション販売業者を震憾させた2つの「事件」を、「捜査」する側として暴いたAMT一級建築士事務所(東京)の都甲栄充代表が、顛末を報告する。

前田建設工業、新聞報道で大誤算・最悪の展開に

 2023年12月、仙台のとあるマンション管理組合から、私の事務所へ1本の電話が入った。

「ホームページを頼りに連絡しました。日本で最も構造スリット問題に詳しいとお見受けします。ゼネコンとの交渉で埒が明きません、助けてください」

 聞いてみると、2022年3月の福島県沖地震で仙台市が震度5強の揺れに襲われた際、マンションの外壁を覆うタイルがはがれ落ち、敷設されたはずの構造スリットが入っていなかったことが判明して、以後1年9カ月にわたって交渉が難航していたという。

 構造スリットとは、地震の揺れで建物を支える柱や梁を損傷させないため、柱と壁を構造的に切り離す2~5㎝程度の隙間(スリット)のことを指す。地震による壁の揺れる力が、構造上重要な柱や梁に伝わらないようにするのが目的で、スリットには緩衝材の役割をはたす「発泡ポリエチレン」を入れるのが一般的である。相談のあったマンションでは、スリットが入っていなかった部分で、地震の揺れがタイルの剥離を引き起こしたと推定された。

スリットのイメージ
スリットのイメージ

 早速、仙台の現場に向かい、12月23日の理事会、住民説明会で講演した。

「調査をためらわないでください。人間ドックだと思ってください。調査して何もなければ、それでいい。ガンが見つかったとしても、スリットは『治せるガン』です。私は、初期診断調査料30万円以外は一切いただきません」

 住民らの前田建設工業への不信感は相当なものだった。それまでの管理組合と前田建設工業の文書のやり取りは複数回にわたり、質問を出して前田側から回答を受けるまで、毎回1カ月以上を要していた。マンション完成後に管理組合に渡された竣工図と現況とに、大きなくい違いがあることも見つかった。前田建設工業が竣工図に加えたスリットの修正は、実に270カ所におよんでいた。

 2022年9月には、前田建設工業は文書で、「建物全体のスリットの有無、配置の調査をさせていただきます。費用は全額当社にて負担いたします。」という確約をしていたにもかかわらず、半年後に「耐震性に問題はない。民法上の不法行為も手抜き工事も見当たらない」と、一方的に約束を反故にしていた。

確約書

 住民側は、複数箇所にわたるスリットの施工不良という『動かぬ証拠』を突きつけなければ、前田建設工業と対等な交渉ができないと決断した。そして、2023年12月の理事会・住民説明会において、全会一致で私を顧問建築士に任命した。

 翌年1~3月にかけ何度も仙台に通い、足場をかけずに実施できる現地調査を重ねた。建物全体に敷設されているスリットのうち4分の1に当たる112カ所を調べ、14カ所で異常を見つけ出した。

 スリットが入っていなかったり、正常な位置からずれていたりした上、一部は柱の断面にスリットが喰い込んで強度を低下させる、「断面欠損」を起こしていた。

 まさに、『動かぬ証拠』を突きつけることに成功した。

 前田建設工業は指摘された14カ所を独自の再調査で確認して、うち10カ所で断面欠損を含む施工不良を認めた。それでも建物全体の調査をしぶり、不備を認めた場所の修繕だけで押し切る構えだった。往生際が悪い、とはまさにこのことだ。ゼネコンという信用を売りにして商売をしているにもかかわらず、自分たちの非を認めることに関しては、最低限のレベルで済ませようとした。

 そこで、次の一手を放つ準備を始めた。2022年9月に建物の全体調査を約束した「確約書」が履行されていないことをとらえて債務不履行で裁判を起こすため、懇意にしている弁護士と連絡を取り合った。さらに、管理組合は最終手段として、これまでの交渉相手だった東北支店ではなく、前田建設工業本社の社長宛に、これまでの交渉経緯や住民の不安、不信感をつづった手紙を投函した。

 最終的に、「マスコミ砲」が火を噴いた。前田建設工業にとっては最大の誤算であり、私の住民への説得が功を奏した結果だ。まるで人質でもとるかのように、前田建設工業が住民に暗示してきた「公になれば、マンション価値が下がる」という呪縛から解き放たれた住民が、マスコミに情報提供したのだ。

 理事会や住民説明会で、私がたびたび口にしていた、「スリット問題は治る病。調査して不備が見つかっても、修繕工事をすればいい。ちゃんと修繕すれば、マンションの価値は下がらない。逆に、何もしないままのほうが価値を下げるだけでなく、建物の安全性と人命に不安を抱え続けることになる」という説明と説得が伝わったのだろう。

 前田建設工業は、報道から1週間後の2024年6月22日、本社のコンプライアンス担当が現地を訪れ、管理組合の理事会メンバーらと面談して対応の不備を謝罪し、管理組合が社長に宛てた手紙に回答するかたちで、改めて建物の全面調査を確約した。

(つづく)

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