日本企業にとって対岸の火事ではない「ネタニヤフリスク」
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国際政治学者 和田大樹
昨年10月以降、イスラエルとパレスチナ自治区ガザ地区を実行支配するイスラム主義組織ハマスなどとの間で戦闘が激化している。パレスチナ側の犠牲者数は4万人に迫っており、国際社会からはイスラエル・ネタニヤフ政権への批判の声が広がっている。そして、それは経済の領域にも影響がおよび、中東や北アフリカのイスラム諸国の間でイスラエル製品をボイコットする動きが広がるだけでなく、日本企業の進出も多いマレーシアやインドネシアでも同様の動きが見られる。
とくに、イスラム教徒が半数以上を占めるマレーシアでは、イスラエルだけでなく、親イスラエルの姿勢に徹する米国への不信感も強まり、米国系の企業や飲食チェーンを標的にした不買運動が広がっている。
マレーシアでの不買運動を主導しているのは親パレスチナの団体だが、イスラエルと関係がある欧米企業をリスト化し、対象となった欧米企業の食料品や化粧品などを拒否するよう求める動画やメッセージを積極的に投稿している。それによる影響はすぐに広がり、たとえば、マレーシア全土で600店舗あまりを展開するケンタッキー・フライド・チキンの運営会社は4月、売上が大きく落ち込んでいる厳しい経済状況から、100店舗以上が休業を余儀なくされた。また、マレーシアやインドネシアにあるマクドナルドやスターバックスも客足が減り、売上に大きな影響が出ているという。
そして、これは東南アジアに進出する日本企業にとっても対岸の火事ではない。日本はイスラエル支持の姿勢を表明しているわけでないが、たとえば、日本企業Aがイスラエル企業と関係をもっていれば、マレーシアやインドネシアでは「あの企業Aはイスラエルと関係をもっている」などとして判断され、それによって企業Aのレピュテーションが低下し、不買運動の対象となるリスクが浮上する。イスラエルは「中東のシリコンバレー」とも言われ、先端テクノロジー分野で飛躍的な成長を遂げており、イスラエル企業との関係を強化する日本企業も増えている。無論、企業の本音や願いは政経分離だろうが、それを判断するのは企業ではなく第三者である。
伊藤忠商事の子会社である伊藤忠アビエーションは2月、イスラエルの軍事企業エルビット・システムズと締結している協力関係を2月末までに終了すると発表した。伊藤忠アビエーションは防衛装備品の供給などを担ってきたが、防衛省からの依頼に基づき、自衛隊が使用する防衛装備品を輸入するためエルビット・システムズと協力関係の覚書を昨年3月に交わしていた。
イランでは7月31日、ハマスの最高幹部イスマイル・ハニヤ氏が殺害される事件が発生したが、この背後にイスラエルがあることに疑いの余地はない。イランはイスラエル本土への報復を示唆しているが、これまでのネタニヤフ政権のやり方は過剰防衛というしかなく、イスラエルをめぐる中東の緊張はいっそう強まることになろう。この問題の長期化によって、日本企業の間でもイスラエル離れが進む可能性がある。まさにこれは、日本企業にとっての「ネタニヤフリスク」だろう。
<プロフィール>
和田大樹(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
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