金融不安回避の政策対応不可欠
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NetIB-NEWSでは、政治経済学者の植草一秀氏のメルマガ記事を紹介する。今回は「日本経済の悪化を食い止めるための最重要政策は消費税減税・廃止である」と訴えた8月5日付の記事を紹介する。
株価下落が止まらない。週明けの8月5日の東京市場で日経平均株価が前週末比4,451円下落して31,458円で引けた。1日の下落幅は1987年10月のブラックマンデー翌日の下落幅3,836円を抜いて歴代最大になった。
1987年の日経平均株価下落率は14.9%。8月5日の下落率は12.4%で87年を下回った。しかし、日本株価下落は7月11日を起点としている。7月11日に記録した高値が42,426円。8月5日に記録した安値は31,156円。7月11日から8月5日までの3週間強の間に日経平均株価は11,270円、26.6%下落した。7月11日終値ベースの東証プライム企業株価時価総額は1,008兆円であったので、時価総額は268兆円減少したことになる。株価時価総額が3週間で4分の3に縮小したことになる。
株価下落の契機は日銀の金融引き締め措置と米国経済指標が米国経済の景気後退局面への移行を示唆したことにあるが、これだけで株式市場の変動を説明することはできない。株式市場の変動が極めて投機的になっていることを挙げることができる。
日本企業の株価が利益実態から離れて高すぎる水準にあったわけではない。ただし、6月から7月中旬にかけての株価上昇が速すぎたため、そのスピードに対する調整が入っておかしくない局面だった。
38,000円水準までの下落は想定の範囲内のものだが、この水準を下回り、一気に31,000円水準まで下落したのは投機の力によるものというほかない。また、4月にも株価が急落する局面があったが、その背景にイスラエルとパレスチナの戦闘激化、イスラエルとの軍事紛争にイランが加わる懸念が生じたことがあった。今回もイスラエルがパレスチナ・ハマス最高指導者、レバノンの親イラン民兵組織ヒズボラ幹部を殺害。イランがイスラエルに対する報復の方針を明示した。イスラエルとイランとの間で大規模戦争が勃発すれば重大事態に発展する。このことも内外株価下落の背景の1つである。
8月2日に発表された米国の7月雇用統計で失業率が上昇した。このことから米国経済が景気後退に移行するのではないかとの思惑が広がり、これが株価下落の要因になったとされた。しかし、雇用統計での景気減速観測の浮上、インフレ指標の改善は、これまでFRBによる利下げを促すものであるとして、株価上昇要因と捉えられてきた。これが一転して、弱い経済指標が発表になったから景気後退懸念が広がって株価が下落したと説明されている。要するに後付けの説明がなされているに過ぎない。
2020年2月にはコロナパンデミック発生によって世界の株価が暴落した。その株価暴落に対してトランプ政権が2兆ドルの景気対策を直ちに決定、実行し、FRBが1.5%水準にあったFFレートを一気にゼロ水準にまで引き下げる対応を示した。財政・金融両面からの政策総動員を背景に株価は急反発。下落幅を超えて株価は大幅反発していった。
今回は、コロナパンデミックのような明確な株価暴落要因が存在しない。これまでの株価上昇が急ピッチであったことに対する警戒感が強まり、そのタイミングで日銀が小幅利上げを決定し、米国経済指標が景気後退を示唆するものになった。さらに、中東における戦乱拡大の懸念が広がり、これらの要因に金融市場が反応したものと見ることができる。
しかし、日銀の政策変更は小幅のものであり、金融市場の反応は過大である。また、米国経済指標は景気減速を示唆するものだが、このことはFRB利下げを促進するものであり、株価に対して必ず下方圧力を与えるものとは言い難い。
FRB利下げが敢行されてゆくなら、このことは株価支援材料として捉えられてもおかしくはない。「相場は相場に聞け」の相場格言がある株式市場の過剰な変動の転換点を特定することは難しいが、現状で中東情勢以外は経済のファンダメンタルズが急変したとは言い難い。
投機の行き過ぎは修正されるもの。短期の急変動に狼狽せずに経済ファンダメンタルズの変化を冷静に注視することが重要だ。
株式市場は本来、実体経済の変化を反映するもの。主体は実体経済で、株式市場は実体経済に付き従う影の存在。しかし、株価時価総額が拡大するなかで、逆の因果関係も発生し得る点には注意が求められる。
株価暴騰は経済主体の保有資産時価評価を増大させる。このために、株価が暴騰すると消費や投資などの実体経済上の支出活動が活発化することが観察される。逆に、何らかの要因で株価が暴落すると株式時価評価が急減し、このことが消費や投資などの支出活動を冷却化させることが生じ得る。この場合、実体経済と株価の因果関係が逆転することが生じ得る。
実体経済の変化が株価を変動させるのではなく、株価変動が実体経済の活動を変化させてしまう。この意味で、何らかの要因で株価暴落が生じた場合、その株価暴落が個人消費や企業の設備投資を冷やしてしまう可能性が生じるのである。
この意味で、直近生じている株価急落が実体経済の悪化をもたらす可能性については警戒が求められることになる。金融市場の急激な変動に対しては政策当局が対応を示すことが必要である。
2020年2月から3月の株価暴落局面では米国のトランプ大統領とパウエルFRB議長が迅速かつ果敢な政策対応を示した。このとき、米国政策当局が抜本対応を示していなければ世界経済は恐慌に転落した可能性がある。
2008年から2009年にかけてサブプライム金融危機と呼ばれる金融変動が生じた。2008年9月には米国の大手投資銀行リーマン・ブラザーズが破綻した。株価が最安値を記録したのは2009年3月。大手銀行、大手保険会社の破綻の連鎖が警戒された。
この危機に対応したのはFRBである。基本的に無制限・無尽蔵の資金供給を実行した。この政策を遂行したのはバーナンキFRB議長だった。同時にオバマ政権が2兆ドルの景気対策を決定した。
2020年と同様に財政・金融両面からの政策総動員を実行した。この政策対応によって株価は猛烈に反発し、世界経済は金融恐慌に突入することを免れた。
バーナンキFRB議長は1920年代末以降の世界恐慌の研究者だった。その研究に基づく結論は株価暴落、経済悪化がスパイラルを引き起こす場合、金融機関破綻の連鎖を断ち切ることが事態改善のカギを握るというもの。この研究でバーナンキは2022年のノーベル経済学賞を受賞した。
経済政策は株式市場のために存在するものでない。株価を支えるために経済政策を発動することは通常は正当化されない。しかし、株価下落が拡大し、そのことが経済全体を急激に悪化させるリスクが浮上する場合には、流れを転換させるために経済政策を発動することが正当化される。
2020年3月の米国の財政・金融政策総動員は正当化されるものだった。2009年3月の株価下落に対して、バーナンキFRBが無制限・無尽蔵の短期資金供給で株価暴落の流れを断ち切ったことについては、賛否両論があるが、全体としては正当化されると言ってよいだろう
反対意見はFRB政策対応で巨大金融機関が救済され、巨大金融機関経営者が高額報酬を獲得し続けたことにある。金融市場の混乱を回避するための経済政策発動には賛否両論が付随するが、経済全体が崩落して深刻な恐慌に移行すれば、一般市民も経済悪化の苦しみに巻き込まれる。これを回避するための経済政策対応は必要ということになる。
世界市場の混乱が連鎖する場合にはFRBが利下げを前倒しで決定する可能性がある。FRBのパウエル議長は状況変化に臨機応変な対応をこれまで示してきた。9月と見込まれている利下げを前倒しで実施すれば心理的効果は大きいだろう。
日本では2014年の消費税増税以降、個人消費の構造的停滞が続いている。日銀の小幅政策修正は基本的に適正なものだった。日銀の植田総裁は7月31日の会見で、今後も利上げを継続する方向性を示したが、株価急落、為替の急激な円高転換を背景に、今後の利上げについて慎重に対応する旨の路線修正を明示することはあってよいだろう。
重要なことは財政政策を発動して日本経済の悪化を食い止めること。その際に最重要の政策になるのが消費税減税・廃止である。まずは、消費税率を5%に戻すべきだ。日本経済を深刻な不況に転落させないための財政政策対応を速やかに決定すべきだ。
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