「心」の雑学(10)温度は私たちの心に染みついている?
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今年も酷暑の日々
7月を終え、夏真っ盛りである。ここ数年、毎年「夏ってこんなに暑かっただろうか」と今年の暑さの異常性を疑わずにはいられない。暑い、寒いといった温度は生物が生きるうえで重要な環境要因であり、これは人間も例外ではない。気温が適温であれば仕事が捗るだろうが、夏の外回り中など過度の暑さのなかではついつい仕事が雑になってしまったり、冬の寒さでバス待ちをしているととても思考がまとまらない、などという経験はきっと誰しもあるものだろう。さて、科学的な観点からみると、温度は私たちにどのような影響をおよぼすのだろうか?
人類や社会という大きな枠組みでいえば、温度は集落やコミュニティが大規模に移住する大きな要因であったとされる1。また、温度が高くなると、経済的な生産パフォーマンスの低下や2、暴力犯罪の頻度が増加するという報告もある3。近年の温暖化や異常気象を顧みると、これらの研究が示す結果はもはや他人事ではなく、人間にとっても温度が社会や生活に対する重要な要素であることは疑いないだろう。そこで今回は、そんな温度にまつわる心理学の研究を紹介しよう。
温度と距離の心理的関係
さて、温度と心理学という話題を考えると、どんなものをイメージするだろうか。前回の記事では人の第一印象に関する研究を紹介したのだが、私たちが他者に抱く印象のイメージは、中心特性と呼ばれる特定の属性に強く引っ張られることを覚えているだろうか。少しおさらいをすると、内容がまったく同じ人物のプロフィール情報に、「暖かい」または「冷たい」のどちらかを加えるだけで、その印象が大きく変わってしまうという現象である(暖かいを付与したほうがよりポジティブな評価を得られる)4。このような人のイメージの方向性を大きく左右する属性を中心特性と呼ぶのだが、中心特性の「暖かい」または「冷たい」という特徴は、まさしく今回の温度というトピックと一致する。実は、対人印象という私たちの日常生活の重要な要素のなかに、すでに温度の感覚が深く入り込んでいるのである。では、なぜ温度の概念が、中心特性のような重要な属性として機能するのだろうか。その心理学的側面を掘り下げていこう。
「暖かい」も「冷たい」も、あくまで温度を通した身体感覚を言葉として表現したものである。言葉はある種の記号であり、恣意的につくり出すことが可能なため、それ自体が意味から独立した存在のように感じられるかもしれない。私たちは普段から当たり前のように言葉を介して生活をしているので、なかなか意識することがないが、実際には言葉はその言葉が持つ意味や概念に強く縛られている。より具体的にいうと、その言葉や概念を獲得する過程の身体感覚と強く結びついている。
たとえば、他者との関係性や信頼というものは、赤ん坊のころに養育者とのスキンシップを通して獲得していくと考えられている。つまり、養育者との接触で身体的な暖かみを感じる体験を繰り返し、徐々に他者に対する安心や信頼の概念が形成されていく。人生の初期にこのような経験を積み重ねていくことで、温度の身体感覚と心理的な暖かみ(信頼、安全)との間には、強い概念的結びつきが生じるようになる。人にとって暖かさや冷たさは、単純な環境温度としての意味だけでなく、潜在的な他者との身体的・心理的距離を示す指標でもあるのだ。従って、「暖かさ」を感じることは他者が友好的な存在であること、あるいは少なくとも敵ではないという認識につながり、第一印象の形成に大きく影響するのである。
温度感覚のオーバーラップ
温度は単純な温度としての知覚だけでなく、私たちを取り巻くさまざまな概念と結びついている。もし、この感覚の連合が、人の判断や行動にまで影響し得るとしたらどうだろうか。最後に、有名な温度の心理学研究を紹介しよう。WilliamsとBarghは、暖かさの身体感覚が他者への印象や行動に影響をおよぼし得るかを検討している5。
この研究では、中心特性の効果を検証したAschの研究4と同様に、参加者にとある人物のプロフィールを読んで評価させた。この際、2つの実験条件があり、片方の条件では人物評定の前にホットコーヒーのカップを少しの間持たせ、もう一方の条件ではアイスコーヒーをもたせるという操作を行った。その結果、ホットコーヒーの条件では、プロフィールをより暖かい人物だと評定する傾向がみられた。暖かい感覚を感じた後に他者の評価を行うと、暖かい人物と感じやすくなるというのだ。この現象は、コーヒーを通して喚起された身体的な暖かみを、心理的暖かみと錯覚することで生じたと考えられている。それだけでなく、別の実験で暖かみを喚起された参加者では、研究参加の謝礼を寄付する向社会的行動の増加がみられた。暖かみの錯覚だけでなく、それに沿うような自身の行動まで促進したというのである。このような温度の影響を扱った研究はほかにもあり、たとえば、犯罪者を評価する場面で冷たさを喚起された人は、罪状をより厳しく、重く判定するといった報告がある6。どうやら温度と私たちの心の間には、見過ごせない関係性があるようである。
とはいうものの、最後に1つ注意がある。温度の心理学研究、とくにそのきっかけとなったWillamsとBarghの研究は界隈で大変話題になったのだが、その後の同様の研究から、結果の再現性が乏しいという批判がなされている。温度と信頼などの心理的概念の間に結びつきが存在すること自体はあり得るかもしれないが、やはりそう簡単に人の行動までは変わらないのだろう。
さて、あなたは今回、どのような状況でこの記事をお読みになっただろうか。願わくば心地良い夏の暖かさを感じながら読んでいてほしいものである(そして面白かったと評価されていてほしい)。何よりも、冷房の効き過ぎた部屋でこの記事を読むことで、私や記事への評価が厳しくなっていないことを願う。
1. Büntgen, U., et al. (2011). 2500 years of European climate variability and human susceptibility. Science, 331(6017), 578-582.
2. Burke, M., et al. (2015). Global non-linear effect of temperature on economic production. Nature, 527, 235-239.
3. Ranson, M. (2014). Crime, weather, and climate change. Journal of Environmental Economics and Management, 67 (3), 274–302.
4. Asch, S. E. (1946). Forming impressions of personality. Journal of Abnormal and Social Psychology, 41, 258‒290.
5. Williams, L. E., & Bargh, J. A. (2008). Experiencing physical warmth promotes
interpersonal warmth. Science, 322 (5901), 606–607.
6. Gockel, C., Kolb, P. M., & Werth, L. (2014). Murder or not? Cold temperature makes
criminals appear to be cold-blooded and warm temperature to be hot-headed. PLoS
ONE, 9, e96231.
<プロフィール>
須藤竜之介(すどう・りゅうのすけ)
1989年東京都生まれ、明治学院大学、九州大学大学院システム生命科学府一貫制博士課程修了(システム生命科学博士)。専門は社会心理学や道徳心理学。環境や文脈が道徳判断に与える影響や、地域文化の持続可能性に関する研究などを行う。現職は宇部フロンティア大学心理学部講師。月刊誌 I・Bまちづくりに記事を書きませんか?
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