小説『ジョージ君、アメリカへ行く』(37)大東亜戦争肯定論
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ジョージ君がなぜ、不得意な英語を勉強しようと思ったのか?それは今まで、何度もこのストーリーに書いている。
「金髪娘が目的だからだろう?」
実はそればかりではない。ジョージ君はシャイなので、エキサイトした時以外は口に出さなかった本音があった。大学3年生のときに読んだ林房雄氏の『大東亜戦争肯定論』という本に感銘を受けたからだった。
ジョージ君が子どものころ、韓国は国際法を無視し、勝手に決めた李承晩ラインを理由に、毎日のように九州や山陰地方の漁船を次々と拿捕していた。やがて島根県の一部である竹島まで占拠されてしまった。
南京大虐殺、慰安婦問題、北方領土問題。日本政府は何1つとして、外国に自己主張をしているようには思えなかった。とくに韓国と中国は徹底的に日本の過去を否定し、日本を侵略者としてのみ扱った。そのときの時代背景をすべて無視し、100%日本が悪いと主張した。ジョージ君はそれが悔しくて仕方なかった。
いつかの日か、自分の言葉で、韓国、台湾、中国、アジア諸国、いや世界に対して、正直で善良で大人しい、本当の日本を知ってもらいたいと思っていた。そしてそのためには、英語が必要だったのである。
林房雄は元左翼の闘士で、刑務所にぶち込まれた。そのとき、日本史を一から勉強しなおした。そこで日本を深く知ったことにより、やがて彼は右翼的な思想家となった。
第二次世界大戦へ至った日本の動向を「日本のアジアへの植民地支配拡大の野望という見方をする、欧米列強による自虐史観」と捉えられていた。しかし『大東亜戦争肯定論』は、実はそうではなく、「欧米列強によるアジア支配から自国を守るための自衛戦争であり、欧米列強によるアジア侵略に対するアジア独立のための戦いであった」と述べていた。
しかし林は、その理念がねじ曲げられ、「アジアが相戦う」ことになったことを悲劇と見て、「歴史の非情」を感じると語っている。
ジョージ君はアジアの植民地からの独立は、日本の欧米列強への挑戦なくしては成り立たないと考えていた。中国も欧米列強やロシアの餌食となり、朝鮮半島はロシアの植民地になる寸前に、日本と併合したと信じていた。
明治新政府ができたとき、新政府にはアジア諸国を侵略するという意思はなかった。日本が欧米列強の餌食にならないため、近代国家になるべく、戦いを続けている間、アジアではすでに戦いが起こってしまっていた。
その悲劇をジョージ君は英語で語りたかった。そこでサンノゼ州立大学で、日本人にもかかわらず、日本史のクラスを取った。外国で日本史がどのように教えられているか、興味があったからだ。
教授は白人であった。父親が日本の宣教師だったため、日本で育ち、完璧な日本語を話し、読み書きもできる人だった。さて、授業はいよいよ現代史に入り、明治から第二次世界大戦までの歴史を学んだ。ここの単元でレポート提出が求められた。
ジョージ君は張り切った。30ページにわたって、持論を展開し、文章を書き上げた。
「日本は最初からアジアを侵略する意思はなかった。
韓国併合は彼らから搾取するというより、貧しい日本の国税を投入して、朝鮮半島に鉄道、道路、工場、義務教育などのインフラ整備をしたのだ。
搾取どころか国費を使う赤字経営だった。
そのやり方は欧米列強との植民地経営とはまったく違い、彼らを日本人と同じように教育し、内地並みの経済力をつけようと考えていた。
南京では戦争はあったが、住民30万人を皆殺しにしたという南京大虐殺という事実はなく、あれは中国共産党政権のでっちあげだ。
中国共産党は内戦の犠牲者まで、日本のせいにしている。
それが30万人という数字の要因である。
インドネシアの独立戦争やベトナム独立戦争に参加した旧日本兵士がなぜ、たくさんいたか?
それはそもそも日本には彼らの国を侵略する意図はなく、アジアを解放したかったからだ。
極東諸国の犠牲は欧米列強、とくにロシアの帝国主義によるものであり、日本がこれほどまでに中国や韓国から嫌われるのは納得できない。
きっとそれは戦後の日本が平和国家となり、相手が攻撃しても反撃しない、弱い国になったから、彼らは国民のはけ口を日本にむけているのだ。
もし日本が軍事核大国だったなら、このような扱いは受けていないだろう」と、最後にジョージ君の疑問も付け加えた。
論文について、教授との面接があった。教授は尋ねた。
「ジョージ君は林房雄の『大東亜戦争肯定論』という本を読んだことがありますか?君の論文はその本に書かれている内容とそっくりですね」
そのときは本当にびっくりした。すべてお見通しだった。ジョージ君は正直に答えた。
「そうです。彼の本の内容の多くをそのまま翻訳しただけです」
宣教師の息子で、穏やかな教授は答えた。
「私はこの本に書かれている内容はかなりの部分が事実であり、とくに間違っているとは思いませんよ。ただね、日本の意図はともかく、多くのアジアの人々を犠牲にしたのは事実。またそのことによって、あなたたち日本人も大変な負担と犠牲を払ったでしょう。その事実を無視した持論を展開しても、犠牲者は納得できないのではないでしょうかね」
また、教授はもう一言付け加えた。
「いくら正しくても、負ける戦いをした日本の思考にも問題がありますね。宮本武蔵が尊敬されているのは、一度も負けるような相手とは戦っていないから。そんな気がします。彼は非常に客観的な目をもった、冷静な武芸者でしたからね。そう思いませんか?」
温和な教授の言葉が、ジョージ君の頑なな心に衝撃を与えた。ジョージ君の考え方には、なにか問題があるかもしれない。国際人になりきれていない、偏狭な心があるに違いない。この経験はその後のジョージ君の考え方に、大きな幅をもたらすことになった。アメリカの大学での日本史の勉強も、決して無駄ではなかった。
筆者から一言。2012年に昔のことを思い出しながらストーリーを書いているので、最近起こったニュースにコメントを付け加えたい(編集注:当小説の執筆・初出は12年)。人気政治家で今は、名古屋市長の河村たかしさんが、南京市の姉妹都市代表団に向かって、「南京大虐殺はなかった」と発言し、大きな問題になった。要するに南京の住民を30万人も殺していないと、彼は言いたかったのだ。東京都の石原都知事も同じような発言は多い。36年前のジョージ君の意見と同じだ。
ただ、このような話にすり替えると、中国の立場も理解はできると思う。Aさんが、Bさんの家に泥棒に入った。AさんはBさんの家からあり金のすべて、1万円を盗み出した。後に逮捕され、1万円の盗みを白状した。ところが、Bさんは30万円盗まれたとアピールをした。Aさんは裁判で、Bさんの家には1万円しかなく、だから盗んだのは1万円だけだと主張した。
お互いの主張が食い違っている。しかし、社会的にみれば、「Aさんが泥棒に入った」という事実だけが問題であり、裁判では金額に関係なく、判決が下される。つまり、ここでのAさんは河村市長や東京都知事の立場、Bさんは中国の立場だ。
国際的にみれば、「日本が中国の南京に侵略をした」という事実だけが大きな問題なのだ。1万人しか殺していないと主張する日本、30万人を殺されたと主張する中国。
河村市長や石原都知事の発言は分が悪い。同時に、軍事力を自由に行使できない国の発言は、国際的に無視される。そのように教授に教わったような気がする。見栄っ張りのジョージ君なら1,000円盗まれても、300万円盗まれたと主張するかもしれないが…。
(つづく)
【浅野秀二】
<プロフィール>
浅野秀二(あさの・しゅうじ)
立命館大学卒業。千代田生命保険相互会社(現・ジブラルタ生命保険株式会社)、JACエンタープライズ(米サンフランシスコ)で勤務。関連キーワード
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