2024年09月18日( 水 )

株主総会風雲録(4)永谷園HDの変 MBOで上場廃止にしたわけ(後)

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 「三十六計逃げるに如かず」ということわざがある。形勢不利になったときは、あれこれ思案するよりも、逃げてしまうのがいちばんよい。転じて、めんどうなことが起こったときには、逃げるのが得策であるという意味だ。株式市場では、「逃げろや逃げろ」がトレンドになっている。

創業者の次男がM&Aによる新規事業開発を図る

お茶漬け イメージ    創業者の永谷嘉男は、05年12月28日、心不全のため82歳で亡くなった。嘉男が生み出した「お茶づけ海苔」は、発売以来、累計食数約170億食(24年3月)にのぼるロングセラー商品となった。

 永谷嘉男亡き後、永谷園が大きく変わるのは、次男、永谷泰次郎の代になってからだ。1979年に慶應義塾大学商学部卒。2012年4月に4代目社長に就任した。創業60周年を迎えた13年4月、次の30年を乗り切る新機軸として、大胆な戦略を図る。M&A(合併・買収)による新規事業開発だ。

 13年10月、シュークリーム専門店「ビアードパパ」を運営する麦の穂ホールディングスを買収した。麦の穂は「ビアードパパ」ブランドで中国や韓国、台湾といったアジアのほか、米国やカナダなどへ展開してきたグローバル企業としての顏をもつ。買収時点での海外店舗数は約200店。

 これらの海外拠点は、国内市場に注力してきた永谷園にとって大きな魅力だった。麦の穂の年商は84億円。買収金額は100億円近く、永谷園創業以来の大型買収となった。

和食ブームで海外市場にビジネスチャンスが広がる

 15年10月に持株会社体制に移行して永谷園ホールディングス(HD)を設立、泰次郎が社長に就任した。それまで永谷園が主力とするお茶づけ海苔やみそ汁などは海外で受け入れられにくいとの判断から海外事業への投資に消極的だった。だが、世界的な和食ブームや健康志向が追い風になり、13年12月、和食がユネスコ無形文化遺産に登録された。和食文化を支えてきた永谷園にとって、海外市場における大きなビジネスチャンスが生まれた。

 16年12月、英ブルームコ社を約150億円で買収した。傘下に世界有数のフリーズドライ食品会社チョウサー・フーズ・グループがあり、国内で培ったフリーズドライ加工技術を海外でもいかしていくという考えのうえでの買収だった。

 ブルームコの年商は約160億円。買収資金約150億円のうち40%は官民ファンドの産業革新機構(現・産業革新投資機構)が出資。和食のグローバル展開を官民一体で推進する「国策M&A」だ。

 永谷園は、それまで海外売上高は10億円にも達していなかった。泰次郎にとって、世界市場を視野に入れた大勝負だった。

 海外M&Aで1,000億円企業にまで成長させた泰次郎の評価は高い。泰次郎は19年に慶應連合三田会大会の実行委員長を務めた。慶應の卒業生を組織する同窓会「三田会」をとりまとめる中枢で、慶應経済人脈にネットワークを築いている。

コロナ禍の巣ごもり消費で、
「お茶づけ海苔」の販売が伸びた

 永谷園は、「お茶づけ海苔」「さけ茶づけ」「おとなのふりかけ」のお茶づけ・ふりかけ類、「あさげ」「ゆうげ」といったお吸いもの類、「煮込みラーメン」などの調理食品類という3本柱を確立した。

 しかし、国内事業は低迷が続いた。食生活が米食からパン食中心に移ってきたからだ。とくに、小児や若い世代のご飯離れが進んだ。ところが、思わぬ神風が吹く。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、お茶づけ海苔の消費が伸びて脚光を浴びた。自宅ですごす「おうち時間」で、日持ちして、お湯をかけるだけで、おいしくご飯が食べられる。1日3度の食事の支度や買い物に頭を悩ませるお母さんたちにとって、お茶づけ海苔は救世主となった。

 お茶漬け市場で9割弱のシェアを占めるトップメーカーの永谷園は、圧倒的な知名度を誇る。緊急時の安心感もあって、「鯛だし茶づけ」や「やってみた。」ふりかけなどの新製品もヒットした。

経営のアキレス腱は「PBR1倍割れ」

 永谷園HDの2024年3月期の連結決算は、売上高が前年同期比3.1%増の1,138億2,100万円、営業利益は同13.2%増の59億9,900万円、純利益は同8.2%増の33億7,000万円だった。

 国内食料品事業の売上高は、2.7%増の564億円で全売上の半分弱を占める。だが、力を入れている海外食品事業の売上高は、0.4%減の420億円と伸び悩んだ。

 問題は、株価が低迷していることだ。東証はPBR(株価純資産倍率)1倍割れの上場企業に改善策を開示・実行するように求めた。

 永谷園HDのPBRは24年5月半ばには0.87倍にまで落ち込んでいたが、MBOの発表を好感して株価が上昇した結果、6月4日に1.1倍とようやく1倍を超えた。

 永谷園HDは典型的な同族会社で、取締役に一族郎党が顔を連ねる。筆頭株主は三菱商事(発行済み株式の10.89%保有=24年3月期)。同族色を薄めるために、創業者一族が保有していた株を譲渡した経緯がある。だが、今日では政策保有株は買収防衛策とみなされている。

 結局、永谷園HDは、MBOによる上場廃止でしか経営のフリーハンドを握ることができなくなった。「三十六計逃げるに如かず」の大作戦だ。

 三菱商事と組んで、海外展開をはかることが、今後の成長のカギを握るといえそうだ。緑茶とだしでご飯を食べる和食文化を外国人に広げることができるかが成長を左右する。

(つづく)

【森村和男】

(前)

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