2024年11月24日( 日 )

傲慢経営者列伝(9):PPIH(ドンキ)創業者・安田氏、「日本脱出」大作戦(前)

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 ミツバチの社会は人間のように組織化されており、規則正しい集団生活を行っているので「社会性昆虫」と呼ばれている。1つの群れを存続させるために、女王蜂が産卵、働き蜂が労働、雄蜂が交尾を担う。養蜂家は、季節ごとに蜜を求めて各地を移動する。蜜(富)を求めて世界を移動する経営者がいる。ディスカウント店「ドン・キホーテ」を運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)の安田隆夫創業会長兼最高顧問である。(敬称略)

“バッタ品”の安売りが「安売り王」の原点

ドン・キホーテ イメージ    米誌フォーブス『日本の長者番付』(2024年版)によると、PPIH創業者・安田隆夫の資産額は第9位の41億ドル(6,380億円)。大半が保有するPPIH株の資産額と見られる。相続税の最高税率は55%。相続税は巨額にのぼる。

 では、相続をどうするのか。安田の準備は万々怠りない。十重二十重の税金対策を施した。一言でいえば「日本脱出」大作戦である。

 安田は「安売り王」の異名をとる立志伝中の人物である。1949年5月、岐阜県生まれの75歳。慶応義塾大学法学部を卒業し、不動産会社に勤務した。 

 78年、29歳のとき、東京・杉並区に18坪のディスカウントショップ「泥棒市場」を開業。処分品やバッタ品を現金で安く仕入れて売ることで、商売を覚えた。深夜営業がブレークして成功を収め、80年に小売業のジャスト(現・PPIH)を設立した。

 89年、東京・府中市に「ドン・キホーテ」(以下、ドンキ)1号店をオープンした。安田が考え出したビジネスモデルは、「圧縮陳列」「深夜営業」「手書きPOP」の3点セット。標準化した店でモノを整然と並べる大手チェーンストアと異なる手法を徹底した。その原動力になったのが店舗全体をアミューズメント・パークとして演出する手法である。

 店内には食品や日用品、時計・宝飾品、家電製品など約4万点を陳列。圧縮陳列と呼ばれる商品が天井近くまで積み上げられた迷路のような店内で、商品を見つけ出す妙味が若い客から支持を得た。96年店頭公開、98年東証二部、2000年東証一部(現・東証プライム)に上場をはたし、破竹の勢いで急成長を遂げた。

 「驚安の殿堂」ドンキは全国区ブランドとして認知された。

シンガポールに拠点を移す

 大転換点となったのが15年6月。安田は持株会社ドンキホーテホールディングス(HD)会長兼CEOを退任。グループ全体の創業会長兼最高顧問となり、アジア事業の最高責任者として、パン・パシフィック・インターナショナルホールディングスの会長兼社長兼CEOに就任するとともに、拠点をシンガポールに移した。

 17年にシンガポールにまったく新しいコンセプトのジャパンブランド「DON DON DONKI」の1号店を開業。ドンキ名物の焼き芋や焼きとうもろこしがシンガポールの消費者の間でちょっとしたブームになった。

 19年、安田はドンキホーテHDの社名をアジア事業の社名に変更したパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)の非常勤取締役に復帰した。

 日本を本拠地としつつ、環太平洋(パン・パシフィック)にドメイン(拠点)を拡大した戦略展開をしていかないかぎり、成長はありえない。そうした危機感を、逆にチャンスに変えようというのが、社名であるPPIHに込めた強い想いだという。

 最大の狙いは、「事業承継」と「相続」であるだろう。

シンガポールに移住したのは
相続税や贈与税がないから

 創業者は一代で巨万の富を築いたが、息子など創業家一族に相続させるとなると、莫大な相続税を払わなければならない。相続税を払うために、相続した株を売却せざるを得なくなり、大株主でなくなったケースは少なくない。

 相続税対策は万全だ。安田は15年6月に創業会長兼最高顧問に就任するとともにシンガポールに移住した。シンガポールには相続税や贈与税がないからだ。

 日本政府は富裕層が相続税を逃れるために海外移住が相次いだことから、相続税逃れの対策として「10年ルール」を設定した。家族全員で海外に移住しても、10年未満ならば海外に移した資産の相続税や贈与税が課せられるというルールだ。

 逆にいえば、10年を超えれば海外に移した資産に関しては、日本の相続税や贈与税は課せられずに済むということだ。

資産管理会社を
「資産参加免税」があるオランダに移転

 PPIHの筆頭株主はDQ WINDMOLEN B.V.。所在地はオランダのアムステルダム市。持株数は1億3,402万株、持ち株比率は22.45%(24年6月30日時点)。安田は15年12月と16年1月に保有する自社株合わせて約1,550万株をオランダの自らの資産管理会社に約650億円で売却(移転)した。

 オランダには「資本参加免税」制度がある。オランダに居住する法人が、同国または外国の事業体の発行済み株式の5%以上を継続保有すれば、配当と売却益が非課税になる制度だ。オランダの資産管理会社は当初、PPIHの発行済み株式の9.80%からスタートしたが、今では22.45%まで積み上がった。

(つづく)

【森村和男】

傲慢経営者列伝(8)
(後)

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