2024年10月10日( 木 )

住宅の設計者とは?(前)知られざる施主と住まいへの愛(2)

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 設計の楽しさだけにとらわれてしまうと、本当は住宅を設計するのが大切なのに、図面を描くという手段が目的になり始める。次第にやらなくていいことまで、そうするのが当たり前のような顔をしてやるようになっていく。“これは本当に住み手が望んでいることなのか…”―その設計が本当に「住むための設計」になっているかどうかは、常に自問自答していかなければならない。自分でも気づかないうちに、自己満足に陥っている恐れもある。
 もしかすると住宅の設計はもっとおおらかで、「いいかげん」なものであっていいのかもしれない。「なぜだかわからないけど、ここにいると落ち着く…」──そんな心の動きに、建築家はもっと敏感になるべきだ。施主のことを思ってあれこれと苦心する設計者の愛情は、どこまで深いものなのか、建築家の“慈悲”について触れてみたい。

①寝室を考える=収納を考える

いつまでも明るく、清潔感溢れる寝室でありたい pixabay
いつまでも明るく、清潔感溢れる寝室でありたい pixabay

 寝室とは、戸建住宅の間取りのなかで最も環境の悪い場所に割り振られることが多い。二階建てなら二階の北西方面。日当たりの良い南側は子ども部屋に譲り、暗くて寒い北西側が夫婦の主寝室として引き取られる。その寝室、住まいに十分な収納場所が確保されていなければ、寝室にどんどん物が集まってくる。家族が収納したい物の量に対して、収納スペースの総量が圧倒的に足りないのだ。寝室は第三者の目が届かない、ゆえに過度な緊張感も削がれていき、時が経つにつれてベッドや布団の周りにタンスや収納棚が増設されていく。その量はどんどんと増えて、いつの間にか物置と化している。もはや寝室が物置になったというよりも、物置の隙間に人間が寝ている状態だ。

 そして、住み手の多くは、寝室に溜まったものを一向に片付けようとしない。寝室における住み手の行動は、いつも自身の内発性にのみ委ねられていて、そうした現実を見通せていなかったとしたら、あなたの家の寝室もじわりじわりと物置化していくかもしれない。ここにはそういう恐ろしさがある。

 寝室という部屋は、日中ずっと空いている場所。夜は夜で、寝ている間は寝られればいいのだから、物だらけでも問題ない。だからいろいろ集まってくる。寝室を設ける場所は、寝室単体ではなく、常に「寝室+収納」をセットで考えなければならない。“寝室を考えることは収納を考えること”と言ってもいい。

 たとえば打開策として、気軽に放り込める「壁面収納」。寝室の壁を少し広げて壁面全体を収納部屋にする。壁の位置によって奥行きを浅くも深くもできるが、洋服をかけるハンガーラックを忍ばせるのであれば最低でも50cmほど、引き出し式などの衣装ケースを置くなら65cm、3つ折りの布団を仕舞うなら75cmは確保したい。季節家電や洋服、布団、小物を上手に入れるために上方収納と、下方収納とで棚の位置を調整して納める。それら雑多なものがあっても、扉を閉めればスッキリとした空間に戻れる壁面収納は、寝室とセットで考えたい。もしくは寝室に隣接して設けるWIC(ウォークインクローゼット)が、最近では女性からの支持が厚い。洋服だけでなく、上部には大量の靴やバッグ、下部には床続きでスーツケースなども。

 他人からの評価が届かない空間は、次第に住み手のネグレクトに支配されていき、やがて瓦解する。だから設計者は先回りして、そこに布石を打つ。住まいには十分な収納が必要だということ、十分な収納がなければ寝室に物が溜まりやすいということ、そして住み手の多くは寝室に溜まったものを一向に片付けようとしないということを事前に読み込み、寝室をいつまでも明るく、清潔感溢れる空間として持続させる計画を準備する。同じことを繰り返さないためにも、家族の収納量を把握することは、設計者に託される用意周到な初期設定といえる。

②収納は“納戸”がいい

 「収納」とは、“片付ける”という動線上にあって、ものが目の前から見えなくなることを目標としている。しかし一方で、そのような収納を目指さないという思想もある。

 たとえばハサミ。これを引き出しのなかにきちんとしまう生活は、あり得ないと考える人もいる。ハサミはそこらじゅうに置いてあるもの、玄関にも台所にも洗面所にも。だって手紙の封を切ったり、段ボールを開けたり…必要なときにすぐ手に届かないハサミなんて何の意味もないじゃないか…といった具合。ハサミに限らず、こんなふうにものに溢れている空間に、居心地の良さを感じる人がいる。心の底からホッとする家というのは、いつもきちんと片付いている家とは限らないのだ。

隠す収納は快適なのか 『大人のラク家事』より引用
隠す収納は快適なのか
『大人のラク家事』より引用

    住宅を設計する側は、「きちんとしまえる家」「丁寧な暮らしができる家」を疑いもなく一生懸命つくろうとする。クライアントもそういう家が「良い家」だと信じ込んでいて、本当はそうじゃない家のほうが性に合っているかもしれないのに、そのような暮らしをする偶像に憧れすら抱いている傾向がある。

 こんなケースがある。収納場所を細かく設定して、壁の位置や棚の奥行きなどを細かく指示される奥さまがいた。収納の設定が細かすぎて、どこに何をしまえばいいか、その奥さま本人以外は誰もわからないという。以前、収納棚の奥行きを30cmにする提案(69号/2024年2月末発刊:逆転ではなく「シェア」家事シェア時代の生活を考える/「家事軽減アイデア」参照)をしたが、…だから家事の手伝いに家族が参加できないといった状況。

 また、大人都合の片付けが、子どもにとっては必ずしも良いとは限らない。成熟した大人は何もないミニマムな空間を望むかもしれない。ストイックなまでに物を見せないシンプルな生活が気持ち良いかもしれない。しかし、遊び盛りの子どもは、適度に散らかっている部屋のなかで、探求心を燃やし、あちこち散らばっている魅惑の空間を冒険している。それをきっかけに発見や機会があり、子どもは学習していくこともある。モノを常にしまう、片付ける、それは理想的だが、小さな子どもがいる暮らしのなかではなかなか難しい。子どもの後ろをついて歩き、散らかったおもちゃを片っ端から片付ける…そんな無限ループが「名もなき家事」として過重な負担と化してくる。

 収納は大きめの納戸を何カ所かつくっておき、なかに入れる棚は住み手に好みのものを買ってきてもらう。ライフステージによって中身の仕切りを変える。案外、それが一番使いやすいのかもしれない。設えればコストはかかる。つくりすぎないようにブレーキをかけてあげるのも、建築家の愛情の1つだ。

(つづく)


松岡 秀樹 氏<プロフィール>
松岡秀樹
(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。

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