住宅の設計者とは?(前)知られざる施主と住まいへの愛(3)
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設計の楽しさだけにとらわれてしまうと、本当は住宅を設計するのが大切なのに、図面を描くという手段が目的になり始める。次第にやらなくていいことまで、そうするのが当たり前のような顔をしてやるようになっていく。“これは本当に住み手が望んでいることなのか…”―その設計が本当に「住むための設計」になっているかどうかは、常に自問自答していかなければならない。自分でも気づかないうちに、自己満足に陥っている恐れもある。
もしかすると住宅の設計はもっとおおらかで、「いいかげん」なものであっていいのかもしれない。「なぜだかわからないけど、ここにいると落ち着く…」──そんな心の動きに、建築家はもっと敏感になるべきだ。施主のことを思ってあれこれと苦心する設計者の愛情は、どこまで深いものなのか、建築家の“慈悲”について触れてみたい。③-1変化した「玄関の顔」
昭和から平成にかけては、来客があると「さあ、どうぞどうぞ」と躊躇なく玄関のなかまで客人を迎え入れた。それが、どの家でも普通の応対だったように思う。玄関の横には応接室のような場所があって、セミパブリックな空間として鎮座していた。近所の人か親戚か、町内会の人か、何やら知らない大人が少しだけ立ち寄っては帰っていくような、不思議な部屋だと子ども心に感じていた。だから玄関は「きちんとしていること」を前提に、生花や絵画が飾られ、整理整頓され、清潔さを保つ格式のようなものを有していた。
それが今では、来客を玄関のなかにまで招き入れる家はとても少なくなった。玄関ドアを境に、公私が分けられたためだ。この線から外側はパブリックな空間、内側はプライベートな空間─その結果、玄関が「もてなしの場」として利用されることはなくなった。よそ行きの顔で丁重にお迎えすべき来客がほとんどなく、あるのは宅配便のお兄さんくらいだろうか。
マンションのリノベでは、このエリアを土間としてつくり替え、昨今の玄関周りはもっぱら家族のためのユーティリティスペースとなってきている。靴の部屋(シューズクローク)や、雨具、屋内外の掃除道具に子どもの三輪車。キャンプ道具やゴルフバッグにスポーツ用具…。コートやジャケットをこの場にかける、梱包用の段ボールが溜まればゴミの日まで待機させておく場所としても重宝する。
玄関ホールの横に納戸のような収納部屋を設け、その土間と動線をつなげば、さらに喜ばれる。お父さんもキャンプグッズやゴルフ道具のお手入れ、お母さんも何かと汚れやすい子どものスポーツ用品などをしまっておくのにちょうど良いお道具部屋、玄関のなかに収まりきらない物が、これ以上中まで上がってくるのを防いでくれる便利な緩衝空間なのだ。現代住宅の要望は、玄関収納の充実、つまり来客のために使うのではなく、我が家のために使う。この場所の佇まいは大きく意味を変え、「玄関のプライベート化」を助長させた。
③-2客人を迎える仕掛け
仮にこんな要望があったとしよう。「お客さまが多いので玄関でおもてなししたい」と。北側玄関のマンションという設定。どこにでもあるような南北に細長いマンションの一室をイメージしよう。この場合の提案は、居室全体を南側へ後退させ、玄関の左右に土間スペースを確保することだ。
右側は先ほどの収納部屋への動線を、左側は土間とつながる和室などの個室を設置。開閉自由の障子を開ければ、土間と上がり框(かまち)の段差で通じ合う風通しの良い間取りとなる。玄関左右に配した個室には、たいていの場合小さな中連窓がある。陽当たりは期待できなくとも、通風のための風通しを期待することはできるだろう。客は靴を脱ぐことなく、土間を通じて腰掛けなどで一服、いつでも帰れるという気軽さ。家主は和室に胡坐をかいて客人とおしゃべり、いつでも帰せるという趣き。こんな他愛のない接点が、気取らず屋内で行われる。昔でいう“縁側でのお付き合い”というわけだ。
住宅が「住むだけの箱」であるうちは、そこに住む以上の価値は生まれない。しかし、住宅が、たとえば近所付き合いの拠点として活用されるような場所になれば、そこに住む以上の価値が生まれる。広く、明るく、収納がたっぷり、加えて「来客を気軽に迎え入れられること」。玄関にはそんな要望を追加すると、家のなかに懐深い場所が生まれる。こんな楽しい提案をしてみるものの、間取りの計画をしているうちに、やはり部屋が取れないということで、“縁側の案”はお蔵入りになることも幾度となくある。…延床面積の限られたマンションリノベゆえの苦悩である。
(つづく)
<プロフィール>
松岡秀樹(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。月刊誌 I・Bまちづくりに記事を書きませんか?
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