認知症の現状と問題点(後)
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国際アルツハイマー病協会は1994年、WHO(世界保健機構)と共同で、毎年9月21日を「世界アルツハイマーデー」と制定した。日本でも今年1月に施行した「認知症基本法」では、認知症への関心と理解を深めるため、同日を「認知症の日」とし、9月を「認知症月間」とした。認知症に関してのマスコミ報道が増えたのはそのためである。2004年、政府は「痴呆」を「認知症」と改名。「認知症当事者」(現在こう表現する)への周囲の理解も大きく変化した。現在では、若年性認知症当事者が顔出しで講演するなど時代が大きく変化した。
認知症当事者を
日常的にどう支えていくのかが見えない先日、運営していた「サロン幸福亭ぐるり」(以下「ぐるり」)の常連客だったKさんに久方ぶりに会った。足腰が衰えたのかカートを押して買い物に出かける途中だった。「しばらく、元気にしていた?」と声をかけた。振り向いたKさんの様子がおかしい。怪訝な顔で私を見つめる。マスクをしていたのでそれを外し、「大山です」と再びいった。驚いたことにKさんの顔に表情がない。無表情なのだ。私は茫然と立ち尽くす。Kさんは何事もなかったかのようにカートを押して歩き始めた。わずか半年ほどで認知症が急速に進んだのだろう。Kさんのなかに私という人間が消えていた。
「ぐるり」を立ち上げてから今年で17年目に入る。その間、35人を超す常連客が旅立たれた。そのなかにYさんという女性がいた。彼女は徐々に認知機能が失われ、自宅に帰ることも、「ぐるり」に来ることもできなくなった。自分の認知症による失態や機能不全を隠すのが普通だ。認知症になってもプライドだけは保たれるからだ。しかしYさんは仲間の前で、認知症であることをカミングアウトした。「助けてください」と告白したのである。すると常連客の何人かでチームを組み、買い物から冷蔵庫の整理、「ぐるり」や自宅までの送り届けをしたのである。
これを境に「ぐるり」の空気が一変した。懇意にさせていただいている立命館大学桜井正成氏(政策科学部教授・当時)に、「自らカミングアウトして助けを請う人に出会ったことがない。実にまれな例だ。それに仲間で支えあうというのも理想的な形」と絶賛されたことがある(この辺は誌上で再三報告している)。結果的に「日常という現場」で認知症当事者を常連客が具体的に支援していたことになる。
前述した通り、私は「認知症サポーター養成講座」を2度受講した。しかし講座の内容は、ほぼ毎回同じ。一番知りたいのはYさんの場合のように、身内ではなく、身近にいる仲間が認知症になった場合の支援の仕方を具体的に教えてほしいということだ。それを行政の関係部署につなげ、一緒に見守るというシステムが知りたいのだ。
しかし、社会福祉協議会(社協)や包括(地域包括支援センター)につないだ途端、出番(仲間として支えること)がなくなる。確かに自主的に支援する仲間は関係部署の出先機関ではない。行政とすれば、連絡を受けた時点で行政側の仕事と見なすのだろう。とくに個人情報保護という壁が行政と住民(仲間)とを引き離す。「これ以降は行政に任せて」となり、お役御免となる。
千葉県松戸市常盤平団地自治会長(当時)中沢卓実さんの「高齢者に個人情報は不要。これがあるから我々の手で仲間を支えられないのだ」という言葉が忘れられない。国内では初の「まつど孤独死予防センター」を開設し、先頭に立って孤独死ゼロ作戦を展開。多くの仲間を救ったカリスマも昨年鬼籍に入られた。
政府や行政、関係部署のガイドライン的行政主導は、住民の自発的な支援活動とはかけ離れている。数年前大々的に打ち上げた「地域包括ケアシステム」が現在円滑に機能しているとは思えない。住民の意識に残らない、見えない施策は「ない」と同じだ。一番大事なのは、身近に対応可能な住民(仲間)による自発的な見守りを無視してはならないことだと思う。
(つづく)
<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)
1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』『「陸軍分列行進曲」とふたつの「君が代」』『瞽女の世界を旅する』(平凡社新書)など。関連記事
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