住宅の設計者とは?(後)知られざる施主と住まいへの愛(2)
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設計の楽しさだけにとらわれてしまうと、本当は住宅を設計するのが大切なのに、図面を描くという手段が目的になり始める。次第にやらなくていいことまで、そうするのが当たり前のような顔をしてやるようになっていく。“これは本当に住み手が望んでいることなのか…”─その設計が本当に「住むための設計」になっているかどうかは、常に自問自答していかなければならない。自分でも気づかないうちに、自己満足に陥っている恐れもある。
もしかすると住宅の設計はもっとおおらかで、「いいかげん」なものであっていいのかもしれない。「なぜだかわからないけど、ここにいると落ち着く…」──そんな心の動きに、建築家はもっと敏感になるべきだ。施主のことを思ってあれこれと苦心する設計者の愛情は、どこまで深いものなのか、建築家の“慈悲”について触れてみたい。⑤目に見えないデザイン
建築の世界では、温度、湿度、気流、輻射など、心地良さに関わる要素の総合的な設計デザインを、「目に見えないデザイン」と呼んだりする。夏は太陽の熱を遮って、室内に風を通す。冬は太陽の熱を採り入れて、できるだけ外に逃がさない。暑過ぎず寒過ぎず、適度な湿度がありながら風通しの良い住まいは、私たちが暮らすのに理想的な、目に見えないデザインの優れた住宅といえる。自然のエネルギーを最大限活用して室内環境を快適に保つ、「パッシブデザイン」という手法だ。
建物の方位や形状は、太陽の動きや敷地に吹く風の流れに合わせて決める。屋根の形・勾配・軒の出なども、太陽や風のエネルギーを効率良く採り入れられるように調整する。間取りや窓の位置も、自然との関係をベースに考えていく…。こんな方法論は1960年代以前、まだ多くの家にエアコンがなかった時代と基本同じである。違うのは、使用する材料や技術が最新のものに置き換わっているという点だけ。言い換えれば、日本古来の家づくりに断熱材をしっかり詰め込んで、熱を伝えにくいサッシやガラスを使用し、庭に植えた落葉樹の木陰で熱の引いた涼風を通してやれば、住まいは十分快適になるということだ(補足参照:2023年9月末発刊・vol.64「間取り」の効能と危険性/「夏の家、日本」の過去と未来)。
エアコン特有の冷風が、直接肌に当たるのを嫌う女性。冬の暖房は頭のほうばかりが暖かくなって、足元がキンキンに冷えるのも評判が悪い。うっかりエアコンをつけたまま寝てしまうと、朝起きたときに喉がカラカラになっている弱点もある。人間が最も心地良いと感じる室内環境とは、たとえ微弱ではあっても常に「気流感」が持続している空間だという。断熱材の施工はしっかりしていても、風通しが悪ければ、快適性はその分下がる。こんなところに「目に見えないデザイン」の難しさはある。
自然に通過していく気流は、家のなかにいるのに天気の良い夏の朝に高原を散歩しているような爽やかさだ。エアコンによる「とがった」涼しさとは種類の異なる、しっとりとした、それでいて軽やかな清涼感に包まれる。そろそろエアコンに代わる新しい冷暖房機器が登場しても良さそうなものだが、建築業界はここ50年ずっとエアコン一辺倒、「新しい快適のデザイン」の産声はまだ聞こえてこない。
⑥目に見える心地良さ
住み手が長時間滞在する場所を「舞台」とするなら、舞台から見えない位置に設ける場所が「楽屋」である。楽屋では、舞台で目にしたくない物を気兼ねなく置いてもらう。舞台と楽屋を意識した設計をしておくと、住み手は目に心地良いものだけで構成された舞台上で、毎日を気持ち良く過ごせる。楽屋があるおかげで、そこだけは“整理整頓しなくてもいい”という片付けのプレッシャーからも解放される<あるベテラン建築家の考え方>。
近年、リモートワークやオンライン会議など、自宅で仕事をする人も多くなってきた。それほどでなくとも、インターネットやパソコンに向かう人は多い。ちょっと書斎代わりにワークスペースと銘打って、リビングの隅っこにそれを設けたいと熱望する人がいる。初めはデスクになるカウンターと棚が何段かあって、ノートパソコンや筆記用具程度のシンプルな設えが気持ち良かった。棚にもわずかな書類程度で、後は感じの良い飾り物や写真で空間をディスプレイしている。しかし、だんだんと時が経つにつれ、書類が増え、雑誌が加わり、子どもの学校のプリント類、チラシや市の広報紙、レシピ本などがどんどんと詰められ、やがて平積みにされていき…、デスクは収納場所と化す。ディスプレイの棚は薬の小箱や卓上のカレンダー、消臭剤のボトルや綿棒立てのカップ、そのなかに写真立てが埋まっていて、笑顔の家族がこちら側を眺めている…といった塩梅だ。
平らな場所に物を置きたくなるのは、大人も子どもも同じ。棚があればそこにそれぞれの“推し”のものを放置するのは、老若男女変わらない。大切なのは、山積みの書類が放置されてもいい「楽屋」を設け、それが住み手にストレスを与えないような工夫を設計側が施すことかもしれない。テーブルの上が物であふれ返っても、「どうせ書類置き場になるだけなのだから…」と平らの将来を否定するのではなく、棚内に密密と並べられた商品群のパッケージがこちらをにらんでいても、「どうせ片付けても山積みの洗濯物のように積み上がっていく収納群」と収納の未来を案じるのでもなく、要するにそれらの物物たちが視線の先になければさほど気にはならない。
たとえばそれは、リビングのソファに座ってキッチンのほうを眺めると、ちょうど死角になる位置にワークスペースを設けるような設計。あるいは食事のためにダイニングテーブルについた家族の位置から、書類の山を築いているワークスペースがちょうど見えないように間仕切り壁を設けるような設計。大切なのは、放置された物がいつも目に見える場所にあるのかないのか。
片付かないモノの総量は変わらなくても、それがどこにあるかで、住まいの景色はずいぶん変えられる。要するに「何を見て」過ごしたいか。いずれも住宅雑誌などに掲載される事例写真を見ただけでは、なかなか見えてこない設計上の気配り。目に見えるもののなかで舞台の心地良さを引き出す、設計者の愛情の1つと汲み取れる。
(つづく)
<プロフィール>
松岡秀樹(まつおか・ひでき)
インテリアデザイナー/ディレクター
1978年、山口県生まれ。大学の建築学科を卒業後、店舗設計・商品開発・ブランディングを通して商業デザインを学ぶ。大手内装設計施工会社で全国の商業施設の店舗デザインを手がけ、現在は住空間デザインを中心に福岡市で活動中。メインテーマは「教育」「デザイン」「ビジネス」。21年12月には丹青社が主催する「次世代アイデアコンテスト2021」で最優秀賞を受賞した。月刊誌 I・Bまちづくりに記事を書きませんか?
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