2024年11月09日( 土 )

循環経済の内側のループ構築の重要性 リサイクル前の物理的分離と資源循環がつくる新しい経済活動(後)

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早稲田大学 理工学術院 創造理工学部
教授 所千晴 氏

 人類の未来のために経済活動における環境配慮の必要性が認識として広まりつつある。しかし、カーボンニュートラルや従来型のリサイクルだけでは、その目的は達成できない。人間の幸福を損なわずに資源と環境の課題を解決するために、循環経済(サーキュラーエコノミー)の内側のループの重要さについて、早稲田大学の所千晴教授に話を聞いた。

日本企業の品質管理による高品質な循環経済

 ──廃品からの部品取りによる再利用などは、廃品が輸出された外国などで行われています。

 所 日本企業が循環経済で価値を生み出すには、物質、部品、部材を再生・再利用した製品を、ほとんど新品同様で安心安全が保証された製品として売り出す必要があります。再生品だから品質が劣るということではなく、新品同様の性能でさらに再生品としての付加価値を備えたものとしてブランディングすることが必要です。

 たとえば、部品取りと言っても、ある自動車会社の中核部品を他社に使うことは難しいでしょう。自動車会社はそれぞれ独自の規格をもつことによって差別化しています。ですから、各自動車会社で部品や部材を再利用できるように規格化して、再生品を利用した自動車の別ブランドとして販売することなどが考えられます。

 循環経済で日本企業が安心安全で高品質を実現するには、日本企業が得意とする品質管理に裏付けられた1つひとつの部品や素材についてのトレーサビリティの実現がカギになると思います。

複雑化する素材と課題 製造前から対策が必要

 ──現在、カーボンニュートラル対応のためにさまざまに工夫を凝らした製品や素材が開発されていますが、それらが再利用やリサイクルを困難にしているとも聞きます。

 所 カーボンニュートラルの推進によって、まず鉱物の使用量が爆発的に増加すると予測されます【図4】。とくに電気自動車(EV)とバッテリーに大量の鉱物が必要になります。世界各国が公表している政策シナリオに従ってカーボンニュートラルを推進する場合(STEPS)では、対2020年比で40年の鉱物使用量は全体で2倍、EV分の使用量は9倍、もしパリ協定に基づいてカーボンニュートラル施策を進める場合(SDS)なら、40年の全体の鉱物使用量は対20年比で4倍、EV分の使用量は30倍になるとの予想です。

 また、利用目的別における鉱物別の使用量を対20年比で見てみると、バッテリー関連ではリチウムが13~42倍、黒鉛(グラファイト)が8~25倍、ニッケルやコバルトも6~20倍程度の量が必要になると予測されています【図5】。

 使用する際にCO2を出さないための製品設計や軽量化を突き詰めていった結果、資源循環しづらい素材がつくられているという現実があります。たとえば太陽光パネルは、12年に開始されたFIT制度によって急速に普及しました。しかし、制度をつくる段階で最終的なパネルの廃棄については考慮されていませんでした。パネルのガラスは特殊な成分が含まれているため回収しても窓ガラスに戻すこともできません。

 また、長寿命化するために基盤は樹脂で封止されており、部品ごとに分離・解体するのが難しくなっています。その結果、多くは燃やすか埋め立てるしか処分方法がない状態です。制度をつくる際に、将来的に大量の太陽光パネルが廃棄される際の適切な処理方法や処理にお金を回す仕組みまで含めて制度をつくるべきだったと思います。ほかにも風力発電や飛行機の軽量化に使われている炭素繊維複合材(CFRP)も処理が大変難しい物質です。

 ますます複雑化している素材を資源として再利用するには、使用後の分解を可能にする易分解設計として、たとえば、壊すときだけ電気がなかに流れて分解される接着を使用することなどが考えられます。現在、私が携わっている研究の1つに、太陽光パネルの新素材のリサイクルについての事前検討があります。すでにシリコンのリサイクルがコスト面で課題になっていますが、新素材が世の中に出る前に問題なくリサイクル等の処理ができるか検討することが易分解設計と合わせて必要になってくるでしょう。製造の段階で将来の廃棄時の処理方法やコストまで確立して、処理に大きな負荷がかかるのであればそれを受益者が負担することまで盛り込んで適正価格にするような制度も必要だと思います。

廃棄物データの国家戦略 国産AIロボットの必要性

 ──廃棄物の集め方も重要になっていくと思われます。

 所 今後、廃棄物の選別作業はロボット化が進むと思われますが、選別を行うAIロボットは国内企業での開発を推進すべきだと考えています。

 現状としては海外企業が優勢で、たとえば、複雑な樹脂を光学系で分析して選別するシステムなどはヨーロッパ製です。慌てて制度を構築しようとした場合、急いで導入できるのは既存の海外製ということになってしまいますが、海外のシステムを導入した場合、日本国内のどこでどのような廃棄物が出るのか、すべての情報が海外に流れてしまうことになります。廃棄物の排出データはその国や地域の経済状態を知るバロメーターとしてとても重要であり、データの流出は経済安全保障上からも大きな問題です。

 また、日本が国内の廃棄物を資源として有効に活かしていくためにデータ戦略は極めて重要です。日本が付加価値として重視すべき安全安心で高品質な再生品の前提となるトレーサビリティもここに関わってきます。早い段階で戦略的な取り組みが必要です。

資源スタートアップの試み

 ──スタートアップにも自ら携わられていると聞いています。

 所 バッテリーの資源循環における内側のループを実現するために、物理的分離装置を私たちの研究室で開発していますが、ビジネスとしてこの装置を導入する企業を探すことは難しい面がありました。

 そこで私たちで自らスタートアップを立ち上げて、ビジネス化することも検討しました。しかし、資源ビジネスを成り立たせるには入口と出口がとても重要です。入口でまず相当量の廃品を集めなくてはならず、そして出口では安定した品質と供給量で素材メーカーに売り込まなくてはなりません。

 研究者の立場で、このビジネスの入口と出口をしっかり確立して商流を実現するのは至難の業だと感じました。やはり、経営戦略を担う人材が必要ですが、研究の世界にはそこまで行える人材が圧倒的に不足しています。

循環経済の実現に向けたオープンな事業体の立ち上げ

 ──今後、どのようなかたちで循環経済の実現に向けた取り組みを拡大していきますか。

 所 循環経済に興味のある企業と交流する機会がとても増えています。循環経済は1個の技術や1社の力では実現できません。最終的には日本が経済全体として循環経済に移行できるように、大企業から中小企業まで含めて全体最適が行われるような制度設計が必要だと思いますが、まずはそれぞれのサプライチェーンを最適化したり、さまざまな役割を担う人がそれぞれの立場で循環経済の確立に参加してもらうには、横のつながりがとても重要です。

 そこで循環経済に向けた議論を進めるためのオープンな事業体として、「循環バリューチェーンコンソーシアム」(CVC)を立ち上げました。1カ月に1回、ミーティングや勉強会を開催し、そのなかでつながった参加者同士で新しいプロジェクトを立ち上げるなどのきっかけにしていただいています。現在50社ぐらいが参加しています。

 冒頭でも述べたように、循環経済は人間の幸福に必要な経済活動と、資源消費と環境負荷との連動を切り離すことを眼目としています。そのためには循環経済の内側のループを活性化させるビジネスアイデアと技術的な革新が必要です。そのためにぜひ、多くの企業と協力していきたいと考えています。

(了)

【寺村朋輝】


<プロフィール>
所千晴
(ところ・ちはる)
早稲田大学 理工学術院 創造理工学部 教授 所千晴 氏2003年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了後、早稲田大学理工学部助手、専任講師、准教授を経て、15年より現職教授。クロスアポイントメントにて東京大学大学院工学系研究科教授を兼任。JX金属(株)社外取締役ならびに(株)トッパンフォトマスクの社外取締役を兼担。経産省、環境省、文科省、人事院、東京都等の委員をつとめる。22年よりサーキュラーエコノミーに関する産官学連携活動のための循環バリューチェーンコンソーシアムを立ち上げ会長として活動。著書に「資源循環論から考えるSDGs」(エネルギーフォーラム社、22年)など。専門は資源循環工学、化学工学、粉体工学。

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