2024年11月15日( 金 )

成長率鈍化の中国経済 その主な問題点と今後の課題(後)

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帝京大学冲永総合研究所
特任教教授 郭四志 氏

 中国では目下、3期目に入った習近平政権が厳しい経済情勢に直面している。かつて比較的順調に高成長を遂げてきた中国経済が、ここにきてどうして低成長、失速に見舞われているか、そして今後のそのゆくえともたらす影響をめぐっては、内外でより一層の関心を集めている。中国経済の現状と問題点、今後の克服すべき課題を検討してみたい。

経済衰退 3つの特徴の度合いが低下(つづき)

 近年、政府による規制強化や、景気後退などを背景に、民営企業の経営不振が目立ってきている。2023年1~7月の民間固定資産投資は前年より下落し、国有企業の固定資産投資をはるかに下回っている【図2】。工業部門で、付加価値の増加率や利潤における国有企業と民営企業が逆転している。

 中国を代表するプラットフォーム企業であるテンセントとアリババの時価総額は、かつて米国のビッグテックに迫ったが、政府による規制強化を受け大幅に減少した。

 また、中国ではユニコーン企業の増加のペースが落ちている。民間シンクタンクの胡潤研究院の「世界ユニコーン企業ランキング2023」によると、中国で23年の1年に増えたユニコーン企業はわずか15社で、18年の156社から大幅減となった。22年は40社。ベンチャー企業データベースのクランチベースのデータによると、23年に中国で誕生したユニコーン企業は24社で、米国の41社を大幅に下回った。

 この背景には、政府が長年民間企業に対して行ってきた取り締まりや「資本の無秩序な拡張」に対する非難が、投資家を遠ざけていることが挙げられる。配車アプリ最大手の滴滴出行(ディディチューシン)とアントへの政府介入は、数千億ドルの価値消失につながったと指摘されている。

 近年、外資企業の新規進出や投資減少・撤退にともない、中国経済の発展を促進してきた外資企業の固定資産投資も大幅に減少している。23年の世界の対中直接投資は前年比13.7%減の1,633億ドルとなり、今年1~7月の対中直接投資は、前年同期比30.4%減と大幅に減少している。23年の中国へのネットベースの対内直接投資(流入から撤退などの流出を差し引いたもの)は前年比81.7%減の330億ドルとなった。

 中国国家外為管理局が8月9日に発表したデータによると、国際収支における対中直接投資は4~6月、約150億ドルの引き上げ超過となった。その背景は主に安全保障などをめぐる不透明な政策運用や経済の先行き不安への外資側の懸念拡大にある。加えて、米国による対中規制の厳格化が響き、中国離れの傾向が顕在化しつつある。世界の半導体セクターの直接投資先をみると、18年に5割近くだった中国のシェアは22年に1%まで下がった。一方、米国は0%から37%に上がった。なおインドとシンガポール、マレーシアの合計シェアも10%から4割近くに上昇している。

 国内景気減速に加え、地政学的緊張の高まりやサプライチェーンの変化にともなう再編で、多国籍製造企業がASEANなどへ移転したほか、中国の電気自動車(EV)への急速なシフトにより外資系自動車企業は不意打ちされ、一部の投資撤退や縮小を余儀なくさせた。

中国経済の主な問題点

 中国経済の減退にはさまざまな問題がある。たとえば、投資型経済成長の限界や消費型成長への転換のためのボトルネック‐格差、消費の不振という問題が際立っている。中国の投資偏重の経済構造・成長パターンは基本的には是正されず、GDPに占める固定資産の投資比率は依然として高い。12年から22年にかけて46%から40%へ低下し、一方で個人消費はこの期間に35%から約38%へ上昇したが、変化はわずかである。地域や貧富の格差などによる消費が低調な状況はなお根本的に変わってない。加えて昨今住宅価格が下落して保有資産の含み損が増大し、それによる逆資産効果がさらに消費を抑制している。

 製造業に関して、資源集約型・伝統的な製造業は規模が大きいが、ハイテク・技術集約型製造業は力不足である。世界の製造業生産高に占めるシェアは2010年の33%から、22年には29%と3割を下回っている。中国の製造業部門に対する世界的な競争圧力や低生産性の問題がさらに浮き彫りになっている。ハイテク・グリーン技術はまだ遅れており、たとえば中国の炭素生産性は日本の5分の1にすぎない。

 ここでより注目したいのは、経済の減退、経済の活力やイノベーションパワーの低下をもたらした問題である。それは前述した社会主義市場経済に秘めた「融合性・柔軟性・過渡性」の機能・役割が低下しつつあること。それにより経済発展のメインエンジンである民間企業が投資、とくに研究・開発におけるイノベーション投資のモチベーションが低下している。

 中国では08年、とくに10年代後半以降、GDP成長を生み出す要因の1つである、技術進歩や生産の効率化にかかわる全要素生産性(Total Factor Productivity、TFP)が下がってきっている。民間企業の経営環境の悪化にともなう技術革新の不足やモチベーションの低下が見られる。JPモルガンは中国経済の潜在成長率が2000~07年は年平均10.2%だったのが21~25年には4.7%に、うち全要素生産性TFPは2.7%から0.8%へと大きく低下すると試算している。政府は経済成長のためには、民間企業をはじめとするTFP・生産性にかかわる民間企業の中長期なイノベーション投資のモチベーションを上げることが急務となる。

今後の克服すべき課題

 中国は経済の持続可能な発展を図るために以下の主要な課題を乗り越えなければならない。まず第1に鄧小平理論による社会主義市場経済がもつ3つの特徴(融合性・柔軟性・過渡性)を活用し、国内社会経済の課題の解決や中国を取り巻く国際政治経済環境への対応に柔軟な工夫を凝らすべきである。

 次に国のイノベーションの主役である民間企業による技術開発を強化させる必要がある。人口が減少に転じて少子高齢化が急速に進むなか、「国進民退」(国有企業の発展と民間企業の停滞)による生産性低下の問題を放置せず、民間企業に主役としてのインセンティブを与え、イノベーションのための積極的な投資を行える環境を整えるべきである。

 伝統的・資本集約産業から産業の高度化を実現すべきだ。ハイテク・グリーン化をはじめとするモノづくりの技術や経験・ノウハウなどを日本など先進国から謙虚に学び、民間ベースの連携・協力を拡大すべきである。

(了)


<プロフィール>
郭四志
(かく・しし)
1958年、中国大連市生まれ。大連外国語学院日本語学部卒。吉林大学大学院修士課程修了、法政大学大学院博士後期課程修了(経済学博士)。東京大学外国人研究員、日本エネルギー経済研究所研究員などを経て、2008年から帝京大学経済学部教授。24年4月より同大冲永総合研究所特任教教授。専門は国際経済、中国経済、エネルギー経済。著書に、『日本の対中国直接投資』(明徳出版社、1999年)、『中国石油メジャー』(文眞堂、2006年)、『中国エネルギー事情』(岩波新書、2011年)、『中国 原発大国への道』(岩波書店、2012 年)、『産業革命史』(ちくま新書、2021年)、『脱炭素産業革命』(ちくま新書、2023年)など。

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