2024年11月17日( 日 )

グローバル南北戦争の時代のなかの日本(後)

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京都精華大学 准教授 白井聡 氏

 2022年に勃発したウクライナ/ロシアの紛争に対して、先進国追従を拒絶した国々がある。総称してグローバル・サウスと呼ばれるそれらの国々は、BRICsを始めとした経済成長を背景に、世界の趨勢を変えつつある。しかし、いまだにアメリカ崇拝の幻想に囚われている日本は、ウクライナのように衰退期アメリカの延命に利用されかねない立場になりつつある。今、日本は大きな岐路に立たされている。

世界で頻発する紛争 そして米中対立も

 このように日本が幻想世界に引きこもるなかで、ウクライナ/ロシアの紛争と類似した構図による紛争の噴出、あるいは緊張の高まりが世界の多くの箇所で発生している。その最も顕著な事例がイスラエル/パレスチナ間のガザ地区を舞台にした衝突の激化であり、この紛争の中東の他地域への拡大可能性である。

 また、アフリカのニジェールおよびその周辺諸国において、旧宗主国であるフランス勢力の追放がクーデタにより行なわれ、軍事的緊張が高まっている。南米ベネズエラをめぐる緊張も同様だ。堰を切ったように世界中で紛争の可能性が高まっており、その一部では核戦争のリスクさえも否定できない。いずれのケースでも、一方の勢力をG7体制が支持し、もう一方の勢力をグローバル・サウス諸国が支持するという構図が観察可能である。こうした状況を、筆者は「グローバル南北戦争」と名づけたのである。

 そして、台湾有事の可能性が喧伝される米中緊張も、この文脈上にあることはいうまでもない。アメリカの覇権の揺らぎ=グローバル・サウスの台頭という状況のなかで、グローバル・サウス勢力の先頭に立つ存在が中国である以上、この緊張こそ最も本質的なものであり、この対立には落し所が見えない。

衰退するアメリカ 日本も捨て駒になるか

京都精華大学 准教授 白井聡 氏
京都精華大学 准教授
白井聡 氏

 アメリカは長期的に衰退する趨勢にあるが、それでも超大国たる所以は、衰退のツケを他国に回す、あるいはもっと端的にいえば、従属国を食い物にすることにより自国の衰退を遅らせることができるところにある。ヨーロッパではウクライナを使って敵対的な大国であるロシアとの紛争を続けさせているが、東アジアにおいて、その従属国の役割を負わされる筆頭候補がもちろん日本である。

 してみれば、岸田文雄政権が実行してきた軍備の大拡張や日米戦力の一体化(より正確に表現すれば、自衛隊の米軍指揮下への組み込みであり、米軍の二軍化)、また「経済安全保障」の名の下での日中経済の切り離しといった政策の本質は、グローバル南北戦争の東アジア版に対する即応体制の構築であると見なすことができる。

 問題は、このアメリカの戦略に日本がいつまで付き合うのかという点にきわまる。台湾有事に巻き込まれることも、中国との経済関係を断ち切ることも、合理的に考えれば、論外の選択である。そのような選択をすれば、我々の経済は破綻し、飢餓に襲われる。しかし、戦後強化され続けてきた「アメリカに愛される日本」という幻想は、論理的思考を失わせる。「今日のウクライナは明日の東アジア」という岸田首相の言葉は、そうした欠如ないし脳髄の腐食を鮮やかに物語っている。

 いまや日本はNATOの準加盟国のごとき立場に立とうとしているが、それはまさにウクライナの立ち位置にほかならない。これは最も危険な立ち位置である。正規メンバーではないために集団的自衛権の行使対象にはならない(平たくいえば、NATO加盟国は加勢して参戦する義務を負わない)一方で、同盟の意を受けて戦い続けなければならない。そのような位置を、自ら好んで引き受けようとしている。

今こそ岐路にある戦後対米従属体制

 これほどの不条理が成り立つのも、日本の政界はもちろんのこと、官財学メディアなどすべての社会的領域において、主流派は先に述べてきた幻想を共有することによって結束し、それを疑うことを禁じているからである。つまり、戦前天皇制批判がタブーであったのとまったく同様に、戦後の対米従属体制はタブーとなっている。そうした構造の中心に位置する組織が、結党経緯からしてCIAから資金提供を受けていた自由民主党であることはいうまでもない。

 戦後の長い歴史のなかで、自民党内にも対米従属姿勢の強い勢力・政治家もいれば、対米自立志向の強い勢力・政治家もいた。本来、東西対立という大局的構造があってこそ、対米従属の国策にも一定の合理性があり、従って東側陣営が崩壊した時点で見直しを受け軌道修正を図られることが当然であったのだが、90年代以降、対米従属の合理的理由が消滅したにもかかわらず、逆説的にも対米従属は強まり、対米自立志向の勢力・政治家は党内にほとんどいなくなった。

 しかも、仮に政権交代が起こり、自民党から現在の野党に政権が移ったところで、有力な野党のほとんどからは、綿々と続いてきた対米従属体制を見直さなければグローバル南北戦争の当事者になってしまうという危機感は感じられない。つまり、野党勢力もまた、例の幻想世界の住人にすぎない。このことは、民主党鳩山由紀夫政権の瓦解劇(沖縄普天間基地の移設問題)の過程において、明瞭に証明された。

 この幻想はあまりに強力であるために、米国覇権が決定的に崩れ、その過程で極めて明白に日本が犠牲に供されるまでは、維持されるだろう。その「明白な点」に達するまでに、犠牲はどれほどのものになるのか、その多寡によっては国民国家としての日本が持続不可能になる。

 日本は、一時期帝国主義国家として世界の分割競争に参加したものの、大航海時代から世界征服に乗り出した欧米列強諸国に比べれば、侵略と収奪に手を染めた期間は短い。従って、本来日本は、グローバル南北戦争の時代において、両陣営の仲裁者となり得る可能性をもっている。この潜在力を活かして世界平和と発展に貢献するのか、それとも己の幻想による自家中毒の沼に沈んで破滅するのか、我々はそのような歴史の岐路に立っている。

(了)


<プロフィール>
白井聡
(しらい・さとし)
政治学、社会思想研究者。東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻博士後期課程単位修得退学。博士(社会学)。主にロシア革命の指導者であるレーニンの政治思想をテーマとした研究を手がけてきたが、3.11を起点に日本現代史を論じた「永続敗戦論—戦後日本の核心」(太田出版)により、第4回いける本大賞、第35回石橋湛山賞、第12回角川財団学芸賞を受賞。著書に「国体論」(集英社新書、2018年)、「武器としての『資本論』」(東洋経済新報社、2020年)、「未完のレーニン」(講談社学術文庫、2021年)ほか。

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