2024年12月23日( 月 )

「新しい階級社会」─貧困アンダークラスと凋落する自営業者層(後)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

早稲田大学 人間科学学術院
教授 橋本健二 氏

 40年間にもおよぶ格差拡大の果てに日本が行き着いたのは、非正規労働者が膨大な貧困層を形成し、自営業者層が苦境に立たされて「中間階級」としての実質を失った「新しい階級社会」である。この社会では格差拡大の是非が新たな政治的争点として浮上し、政治のゆくえを左右することになる。

深刻な格差の構造

 それでは、各階級の間にはどれほどの格差があるのか。これをいくつかの指標で示したのが、【表1】である。用いたデータは、筆者を中心とする研究グループが22年1~2月にかけて実施した「2022年三大都市圏調査データ」である。パート主婦は家計を主に夫に支えられているので、表から除外した。また60歳以上のアンダークラスは、正規雇用者としての長いキャリアの後、一般的な非正規労働者より好条件で働く嘱託・契約社員や、すでに年金を受け取っている人をかなり含むため、集計から除外している。年収は21年のものである。

5つの階級の間の格差

 個人年収が最も多いのは資本家階級である。983万円という個人年収は、企業経営者にしては意外に少ないとみることもできるが、これはその大多数が中小零細企業経営者であること、また役員ではあっても個人としてはほとんど報酬を受け取らない家族が含まれることによる。これに対してアンダークラスの個人年収はわずか216万円で、正規労働者階級の44%に過ぎない。アンダークラスの貧困率が37.2%にも達しているのに対して、正規労働者階級の貧困率はわずか7.6%である。この両者が、まったく性格を異にしていることがわかる。

 旧中間階級の個人年収は411万円で、新中間階級を大きく下回っているばかりか、正規労働者階級と比べても75万円少ない。自営業者は家族と一緒に働くことが多いから、世帯年収は個人年収より多いが、それでも669万円で、やはり正規労働者階級を下回る。そして旧中間階級の貧困率は18.4%で、アンダークラスよりは低いものの、正規労働者階級の2倍以上に達している。すでに旧中間階級は、「中間階級」としての実質を失っているといっても過言ではない。

 実はここには、新型コロナ禍が影を落としている。調査では新型コロナ禍前の19年に比べて年収がどれだけ減ったかを尋ねているので、19年の年収も大まかには知ることができる。これによると世帯年収はすべての階級で19年のほうが多いのだが、なかでも旧中間階級の19年の年収は、779万円と21年を110万円も上回っており、正規労働者階級より67万円多かった。新型コロナ禍は、もともと弱い立場に立たされていた旧中間階級に、大打撃を与えたということがわかる。

 注目すべきは未婚率である。アンダークラスの未婚率は、実に70.9%である。これは若いフリーターが比較的多いことによる部分もあるのだが、30代でも82.0%、40代でも65.2%と高い。とくに男性の未婚率は、全体で74.5%、30代で83.5%、40代でも72.8%に達する。つまりアンダークラス、とくに男性は、収入が少なく貧困状態にあることが多いため、結婚することができないのである。急速に進行する少子化の主要な原因がここにある。

「反自民」勢力へと転換する旧中間階級

 このように「新しい階級社会」は、貧困なアンダークラスが階級構造の主要な要素として登場するとともに、旧中間階級が凋落して中間階級としての実質を失った社会である。そして「新しい階級社会」の出現は、日本の政治に変化をもたらしつつある。

 重要な変化は、旧中間階級が自民党の主要な支持基盤ではなくなったことである。1955年から10年おきに実施されているSSM調査(社会階層と社会移動全国調査)によると、旧中間階級の自民党支持率は1975年には58.8%、85年には56.3%で、同時期の支持率が59.8%、61.5%だった資本家階級とともに、自民党の強固な支持基盤だった。

 ところがその後、自民党が新自由主義的傾向を強め、新中間階級を新たな支持基盤とするようになるに従って旧中間階級の自民党支持率は低下し、2015年には36.3%となった。22年三大都市圏調査によれば、わずか20.0%である。

 このような自民党支持率の変化の背景にあるのは、旧中間階級のなかに格差拡大への反発が広がっていることである。政治意識に関する近年の研究で注目されてきたのは、格差に対する意識が政党支持と強く結びついているという事実だった。たとえば「政府は豊かな人からの税金を増やしてでも、恵まれない人への福祉を充実させるべきだ」という意見に対して、「とてもそう思う」と答えた人の自民党支持率が13.4%と低いのに対して、「まったくそう思わない」と答えた人は24.6%と高くなっている。

 ところがこの意見に対する賛否は、階級所属と関係している。これを示したのが、【図2】である。「とてもそう思う」と答えた人の比率がもっとも高いのはアンダークラス(20.3%)で、「ややそう思う(41.9%)」と合計すれば6割を超える。しかし2番目に高いのは旧中間階級(17.8%)で、「ややそう思う(41.0%)」と合計すると58.8%に達する。「とてもそう思う」が11%程度にとどまる資本家階級、新中間階級とは好対照である。

「政府は豊かな人からの税金を増やしてでも、恵まれない人への福祉を充実させるべきだ」に対する賛否

 格差拡大と新自由主義の浸透のなかで、苦境に立たされる旧中間階級は、アンダークラスとともに「反自民」勢力としての性格を強めつつある。このことが近い将来、日本の政治に変化をもたらす可能性は十分にあるといっていいだろう。そのゆくえは、野党がアンダークラスと旧中間階級を支持基盤として獲得することができるかどうか、あるいは現政権が方針を転換して、格差拡大に歯止めをかけることができるかどうかにかかっているといってよい。

(了)


<プロフィール>
橋本健二
(はしもと・けんじ)
1959年石川県生まれ。早稲田大学人間科学学術院教授。専攻は社会学(階級論、労働社会学)。量的データと質的データを組み合わせながら、近現代日本の階級構造とその変動過程を分析するとともに、これに関連する労働と大衆文化の変遷についても研究する。著書に『新・日本の階級社会』(講談社)、『現代貧乏物語』(弘文堂)、『〈格差〉と〈階級〉の戦後史』(河出書房新社)、『居酒屋の戦後史』(祥伝社)、『女性の階級』(PHP研究所)など。

(前)

関連記事