熱中症対策の取り組み事例

 改正労働安全衛生規則が6月1日に施行され、職場での熱中症対策の義務化が始まった。とくに建設業の作業現場では熱中症の発症事例が増えており、より高度な対策が求められる。「今後の作業員の確保にあたっても熱中症対策は重要になる」との判断から、重点施策として位置づける事業者も存在する。ここでは、改正規則の内容や、事業者の取り組み事例などを紹介する。

4割が建設・製造業

 福岡管区気象台は5月20日、6月から8月までの3カ月予報を発表した。それによると、九州北部は地球温暖化の影響で3カ月を通じて、気温は「高い」と予想されている。その予測が的中するかのように、福岡県内では6月中旬から日中の最高気温が30℃を超える日が続き、熱中症患者の増加が懸念される状況だ。

 さて、熱中症とは、高温多湿な環境下において、体内の水分と塩分(ナトリウムなど)のバランスが崩れたり、体内の調整機能が低下して、発症する障害の総称をいう。めまい・失神、筋肉痛・筋肉の硬直、大量の発汗、頭痛・気分の不快・吐き気・嘔吐(おうと)・倦怠(けんたい)感・虚脱感、意識障害・痙攣(けいれん)・手足の運動障害、高体温などの症状が現れる。

 通常生活のなかでも、高齢者や子どもを中心に発症事例があるが、高温のなかでの仕事を余儀なくされる人たちの発症者がとくに多い。厚生労働省(以下、厚労省)が5月30日に発表した2024年の「職場における熱中症による死傷災害の発生状況」によると、職場での熱中症による死傷者(死亡・休業4日以上)は、1,106人(前年比279人・34%増)。このうち、全体の約4割を建設業と製造業が占めていた。熱中症による死亡者数は31人(前年比1人・3.3%増)で、建設業(12人)や警備業(6人)で多くなっていた。

 同省などは、死亡災害の原因として、多くの事例で暑さ指数(WBGT)を把握せず、熱中症予防のための労働衛生教育を行っていなかったことを挙げている。また、糖尿病や高血圧症など疾病を有する人において、熱中症の発症が多い傾向も見られたとしている。なお、WBGT値とは、気温に加え、湿度、風速、輻射(放射)熱を考慮した暑熱環境によるストレスの評価を行う暑さの指数。日常的な管理や家庭向けの対策であれば、手軽にWBGT値を確認できる環境省の「熱中症予防情報サイト」がある。さらに正確に把握するには、専用の測定機器の使用がある。これは、湿球温度計・黒球温度計・乾球温度計の3つのセンサーが内蔵され、屋内外の条件に応じて自動的に値を表示するもので、建設現場での使用が推奨されている。

対策怠ると罰則も

ある真夏日のビル建設現場の様子
ある真夏日のビル建設現場の様子

    改正された労働安全衛生規則では、職場での熱中症への対策としてWBGT値に基づく対応を求めている。厚労省の「職場あんぜんサイト」には、身体作業強度などに応じたWBGT基準値【表】が示されている。改正規則では、その測定と評価に基づき、作業環境の改善、作業時間の調整、暑熱への順応、水分と塩分の補給、適切な服装、体を冷やす方法の提供、労働者の健康管理、労働者への衛生教育、体調不良者への対応、そして熱中症予防管理者の配置などの措置を行うこととしている。これは、重症化する原因の多くが、「初期症状の見逃し」「対応の遅れ」であることが確認されたためだ。そして、改正規則では、対応を怠った場合、労働安全衛生法22条違反として罰則「6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金」が適用されることとなっている。

【表】身体作業強度等に応じたWBGT基準値(厚生労働省「職場のあんぜんサイト」の資料より抜粋)
【表】身体作業強度等に応じたWBGT基準値
(厚生労働省「職場のあんぜんサイト」の資料より抜粋)

1人作業を禁止

 ここで、熱中症対策への事業者の具体的な取り組み状況について確認しておきたい。建設業や福祉施設運営業を手がける(株)CONIQ(福岡市城南区、出口洋一代表、6月2日に(株)スエナガから社名変更)は今年、「熱」をテーマにした施工現場の安全対策に取り組んでいる。

日永田隆徳 氏
日永田隆徳 氏

    対策の実務的責任者である工事部課長・日永田隆徳氏は、「その具体的な内容として、まず1人作業の絶対禁止があります」という。熱中症の症状は突然現れることがあり、1人で作業していると発見が遅れて、命に関わる事態になりかねないからだ。次に、朝のミーティングにおいて現場で作業者の体調確認を必ず実行することを挙げ、職長が各個人の体調をしっかりと確認することを徹底するとしている。

 これらについては、日永田氏自身の苦い経験も反映されているという。「かつて現場に入っていたことがあり、熱中症の症状が出た経験があります。幸いにも、近くに職人さんがいてくれたおかげで、詰所で休憩し、水分を摂ることで回復することができましたが、もし1人での作業だったら、手遅れになっていた可能性もあったと感じています。このような経験からも、熱中症対策の徹底は現場で作業する人たちの安全と命を守るうえで、極めて重要であると痛感しています」と話す。

重要度増す職長の役

 同社における課題の1つが、現場によってでき得る対策が大きく異なることがある。大きくRC造と木造の現場があり、前者においては朝礼がしっかりと行われることが多く、かつ目が行き届きやすい環境にある。しかし、後者においては少人数で作業が行われるため、現場の職長が責任をもって声かけや体調管理を行うように徹底する必要がある。「各現場では必ず着工会議を行うのですが、その際にも熱中症対策の重要性をより強く認識していただけるよう努めます」という。

 また、作業場所によっても対策を変える必要があるという。なかでも問題となるのが、直射日光が当たる場所で作業。「大工や屋根工などの職人に対しては、症状が出る前に早めに休憩を取ってもらえるようにします」と日永田氏は強調する。現場の設備などについては、詰め所が確保できるケースでは、ウォーターサーバーやエアコン、冷蔵庫などを設置し、体を冷やせるように努める。

 ただ難しいのは、敷地に余裕がないケースが多い木造の現場。「可能な限り休憩所を設け、それが実現できない場合には、日よけのテントや扇風機などを設置することで、職方が少しでも身体を休められる環境づくりを行っています。もちろん、これまでにも行ってきた、塩分補給用のアメなども配布します」。いずれにせよ、施工協力会社も含めた責任者の担う役割が、非常に重要になりそうだ。

 改正労働安全衛生規則が施行され、そのなかで熱中症の症状が発生した際の連絡体系図、連絡先、病院の情報を現場に掲示することが義務付けられている。日永田氏は、「木造現場など詰所のスペースがない場合は、ラミネート加工して建物内の作業員が見やすい場所に掲示することで徹底します【図】。また、熱中症を重篤化させないための対処方法についても、職長や作業員に周知するため、連絡票などと一緒に掲示することが推奨されています。これらを実行することで、万が一の事態にも、迅速かつ適切な対応が取れるようにします」と述べた。

【図】CONIQの熱中症対策フロー
【図】CONIQの熱中症対策フロー

「命の問題」として

 懸念されることの1つに、熱中症対策を実施することにともなう工期の長期化がある。そのことについて、日永田氏は「難しい問題ですが、夏季にかかる工事については熱中症リスクを考慮し、工期に余裕をもつように、営業担当が契約段階から施主様に伝えることが重要です。ただ、熱中症対策が法的に義務化され、ニュースなどでも取り上げられるようになったことで、現場はもちろん、施主様の意識も大きく変わろうとしています」と述べた。

 以前は、親方が職方に「まだ作業できるだろう」と、根性論を説くような場面がよく見受けられたが、最近はそうした雰囲気は薄れ、熱中症への理解が深まっている印象を受けるという。

 「当社においては、熱中症対策はコストの問題ではなく、『命の問題』として取り組む考えで、それは企業の社会的責任であるとともに、持続可能な事業運営のためにも不可欠であると認識しています」と、日永田氏は強調していた。

進化する対策グッズ

 熱中症対策の重要性がより高まるなか、対策グッズの有り様はどのような変化があるのだろうか。安全機材・保安用品などの販売、レンタルを手がける(株)グリーンクロス(福岡市中央区、久保孝二代表)の福岡支社営業主任・石垣慶氏が、人気が高いグッズなどの現状について解説してくれた。

石垣慶 氏
石垣慶 氏

    同氏がまず言及したのは空調服で、もはや現場では不可欠なものになっており、着用を義務づける現場も出てくるほどに普及しているという。そのうえで、「一般的な空調タイプのみならず、水冷式や金属を冷やして胴体を冷やすタイプ、ミストファンと一緒に併用して使うようなものなど、さまざまな種類と価格帯の製品が発売されています」と紹介。たとえば水冷式の場合でも、軽量化やバッテリー稼働時間の長期化などが行われ、作業がしやすいよう改善が進んでいるという。

 また、「健康管理グッズとしてとくに注目を集めているものに、リストバンド型ウェアラブルデバイスがあります。体温や血中酸素、心拍数、などWBGT値に関連する数値を確認でき、アラームなどで熱中症リスクが通知されるもので、値段も1個約3,000円の手軽に購入できるものなども登場しています」。このほか、現場で重宝されているものとして、微細なミストを風とともに送り出すミストファン、水分補給と体内の温度を下げるのに役立つ「アイススラリー」といった商品を挙げてくれた。

 石垣氏は熱中症対策グッズが普及する効果として、単に発症リスクを低減するだけでなく、関係者のコミュニケーションを促進する効果があると話す。「これまで現場では『休憩を取りたい』などと言いにくい環境にあったように見受けられました。しかし、たとえば先ほどご紹介したスマートウォッチを付けていることで、『親方に言いやすくなった』などと、若い職人さんに喜んでいただいています」。

 熱中症対策が現在は誰でも発症するリスクとして広く認識されるようになり、働き方改革につながっていると感じられるようなエピソードである。なお、建設現場での熱中症対策は、今や「安全用品」のなかでも独立した重要な製品として扱われるようになり、同社でも単独のカタログとして約100ページにわたって紹介するほど重要な商材となっている。

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 熱中症対策は建設事業者にとって重要な位置づけを占める事項となっているが、各事業者は前述のもの以外にもさまざまな模索を行っている。昨夏、ある戸建住宅の施工現場では、午後の最も暑い時間帯(正午~午後3時くらい)に作業をストップして、その分を早朝と夕方(夜間)に作業するというスケジュールを導入した。関係者に話を聞くと、「熱中症の対策の一環で実施したもの。近隣の方々と職方さんの理解を得られた場合にこのスケジュールを導入している」と話していた。

 福岡市に本社があるゼネコンの関係者は、「職方の安全対策は、施工人員不足が深刻化するなか、職方の確保はもちろん、施工体制・品質の安定化、工期の遵守といった点にも絡む問題。なかでも、熱中症対策は、ある程度のコスト負担は承知で取り組まなければならない」と述べている。もはや熱中症対策は、企業存続にも関連する重要な事項となっているわけだ。

【田中直輝】

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