2024年11月23日( 土 )

若者の希望はどこに行く 格差をバーチャルで埋める時代に(後)

記事を保存する

保存した記事はマイページからいつでも閲覧いただけます。

印刷
お問い合わせ

中央大学 文学部
教授 山田昌弘 氏

 日本は平成を通じて若者の格差が拡大し、未婚化と少子化が急速に進行した。だが、生活に対する若者の満足度はむしろ増加傾向にあり、結婚できる若者とそうでない若者を峻別したのは「希望」の格差であった。令和となった今、格差は完成し親から子へ受け継がれ、さらに現実での充足をあきらめてバーチャルによって埋める時代になりつつある。

平成時代──希望格差の発生

 1989(平成元)年に、ベルリンの壁が崩壊し、新しい社会の到来が期待された。グローバル化が起こり、欧米諸国だけでなく新興諸国においても経済の構造転換が進んだ。女性の活躍や移民の積極的受け入れ、情報化の推進などにより、これらの諸国では、経済成長が続く。しかし、日本においては、バブル崩壊後、大きな構造改革は行われず、結局は「日本的雇用慣行」「性別役割分業型家族」の根幹を変えないまま、増大するサービス業などの需要を賄うために、低収入で昇進のない「非正規雇用者」を増やすという対応をとった。また、政府は、年金の三号被保険者制度など「性別役割分業型家族」を優遇する政策をとることになる。

 その結果、若者の間に分断が起きることになる。正規雇用についたもの、そして、女性の場合は正規雇用者と結婚できたものは、今まで通り、「性別役割分業型家族」をつくり、夫は主に仕事、妻は主に家事・育児で、豊かな生活を築くという希望をもつことができる。しかし、アルバイトや派遣社員などは、収入が増える見込みはないし、男性の場合は、結婚相手として選ばれにくい。

 かつ、日本はやり直しがききにくい社会である。新卒一括採用から漏れて正社員になれなかったり、一度キャリアが中断したものは、なかなか正社員になりにくく、大変な不利を被る。女性の場合は、結婚相手の経済状況に敏感にならざるをえない。そこで、未婚率が急上昇し、少子化が深刻化する。

 平成を通じて起きたことはなにか。それは、「正規雇用者」や「性別役割分業型家族」の実態を変えることなく、その外側に、「非正規雇用者」「未婚者」をつくり出し、彼らから「結婚して豊かな生活を築く」という希望を奪っていった。

 そしてそのような未婚者の多くは、私のいうパラサイトシングル、つまり、親と同居する未婚者であり、それゆえ、生活には困らないどころか、親に生活を依存していれば、収入が少なくても、ゆとりある生活が送れる。

令和──格差社会の完成

 そして、令和になると、格差の拡大というより、格差の固定化が顕著になる。平成初期には、非正規雇用に就かざるを得なかったものは主に若者であった。しかし、年齢を重ねれば中高年になる。令和に入って、アラフォークライシスとか70-40問題(70代の親と同居する独身の子どもの将来に関する問題)など、独身未婚の中高年が注目される背景となっている。

 1997年のアジア金融危機を経て、結婚して子どもを育てている親世代も、経済の格差拡大の影響を受けることになる。

 戦後、昭和の時代の若者は、スタートラインが同じだと信じることができた。彼らの親の多くはそれほど裕福ではなかった。子どもたちは学歴さえつければ、豊かな生活が待っていると思い、そして、実現できていった。

 近年、「親ガチャ」という言葉が流行している。豊かな親に生まれるか、そうでない親に生まれるかは、ガチャポンのように、運であるという意味である。また、最近「太い親」「細い親」という言葉も若い人の間で使われている。太い親の元に生まれたものは、豊かな生活が約束されるが、細い親の元に生まれたものは、苦労してぎりぎりの生活を送ることを運命づけられる。若者の側で努力したとしても、「格差」は乗り越えられないという考え方が広がってきたのだ。

 テレビなどでは、よく「貧しく生まれたけれど、それを努力で乗り越えて、成功した」という物語が好んで語られる。しかし、当の若者たちは、それは、非現実的なものとして、冷ややかにみているのだ。

バーチャルが格差を埋める時代に

 格差が拡大し、収入もそれほど増えない社会。結婚も恋愛もできにくくなる社会。つまり、リアルな世界で結婚して豊かな生活を築くという希望がもてない若者は、どこで希望を埋めればよいのだろうか。

 欧米では、失業した若い人たちが政府に対してデモを起こしたり、移民排斥など右翼的な主張をする政党に加入したり、政治活動によって社会を変えようという動きが活発である。しかし、日本では、若者の選挙での投票率は低く、デモの参加者は中高年ばかりであり、若者の間から社会を変えようという動きはほとんどみられない。

 私は、リアルな世界で希望を失った若者は、 バーチャルな世界で希望を満たす方向に向かっていると判断している。そして、これが、格差が拡大するが、満足度、とくに若者の満足度が高まる理由だと考えている。バーチャルな世界の広がりを表す言葉が、近年一般化した「推し活」である。好きなものをもってそれを追及することが、満足、そして、希望をもたらしている。バーチャルな世界を2つに分けると、疑似仕事と疑似家族に分けられる。

 疑似仕事とは、ゲームやいわゆる「オタク」に代表される。努力して、得点を挙げることに熱中する。ソーシャルゲームなら、参加者と共同して、モンスターを倒すなど成果を上げることができる。非正規雇用などに就き現実の仕事でなかなか評価されない人でも、ゲームの世界では「努力したら報われる」体験を得ることができる。また、オタクの世界では、さまざまな情報やグッズを収集してみせ、仲間の評価を得ることで、収集という努力が報われるのである。

 また、疑似家族も広がっている。ペット数が子ども数を上回って久しい。ペットを家族として、自分が必要とされているという感情を満たされる。「夫よりペットが大事」と答えた既婚女性にインタビューしたこともある。ロマンティックな感情は、アスリートやアイドル、アニメのキャラクターに推し活をすることで満たされる。ある男子学生から、「推し活にもっとお金を使いたいから彼女と別れたい」という相談も受けたことがある。また、キャバクラやホストクラブ、性風俗産業など、お金を払って親密関係を買うことも行われている。なかにはスマホのなかに、AIでバーチャル恋人をつくり、会話を楽しんだり、相談したり、励ましてもらったりするケースも出てきた。

 つまり、リアルな世界で、仕事による上昇や家族をもつことに希望がもてない人たちは、リアルな世界での昇進努力や家族をつくる努力、社会変革によって自分の状況を改善させることをあきらめ、バーチャルな世界で「努力して報われる」体験、「親密な関係で楽しむ」体験を得ている。

 令和に入りコロナが起き、物価上昇により生活の不満が高まっている。これが、不満の爆発による社会の変革につながるのか、それとも、ますますバーチャル世界に墜ちる人を増やすのか、注視していきたいと思う。

※本稿の内容は、25年1月出版予定の書籍『希望格差社会、それから』(東洋経済新報社)にて詳しく論じられる。

(了)


<プロフィール>
山田昌弘
(やまだ・まさひろ)
中央大学 文学部 教授 山田昌弘 氏1957年東京生まれ、81年東京大学文学部卒。86年同大学院社会学研究科博士課程退学。東京学芸大学教授を経て、2008年より中央大学文学部教授。現在、内閣府・男女共同参画会議民間議員、東京都社会福祉審議会委員などを務める。専門は家族社会学。家族や結婚、格差について社会学的な分析を行い、「パラサイト・シングル」「格差社会」「婚活」という言葉を世に普及させた。著書多数。

(前)

関連記事